西の森の奥深くには、大きな大きな大木が一本植わっている。樹齢は、我と同じ歳約2000年余り
その大木の下では、石を積上げられただけの墓とは
に付くわ無い物が建っている。
そこには、我より先に先客が訪れたのだろう。色とりどりの薔薇の花束や百合の花束、野花で作られた花束や
花の冠が供えられていた。
これらの花束は、かつて我と共に暮らし世界中の人類を護るために闘った今は亡き仲間の子供達の其の儘末裔達が毎年毎年此処へやって来ては花を供えてくれる。
花を供える者達は、誰の墓なのか?聞かされていない。
ただ、「毎年10月13日には西の森の奥深くへ」と
代々語り継がれる。それらは、不思議な事に決して
破られること無く毎年必ず花が供えられている。
不意に、枯葉を踏む足音が聴こえ振り返ると今も、一人の女性が花束を持ち我の方へと向かって歩いて来た。
目が合うと、お互い軽く会釈をし我は邪魔をせぬように
端に避けた。彼女が持っていたのはガーベラの花束だ。
それは、真紅色の鮮やかな色の花束だった。
(…彼女も、この花が好きだったな)
そんな事を考えながら、ボーっと女性の様子を眺めていた。花が供えられ両手の掌を合わせ、そして女性は立ち上がり又、我に軽く会釈を済ませ元来た道を帰っていった。彼女も又…我の仲間の末裔なのだろう。
不老不死の我とは違い、仲間達は普通の人間だった。
共に世界中の人類を悪魔から護るために闘い、そして
目の前で幾年も幾年もの間に仲間が死んでいった。
仲間が一人、また一人と毎年入れ替わっていったが
それも、長くは続かなかった。ついには共に闘う仲間も
我を含め十数人しか残らなかった。
それでも、懸命に闘い続けた。人々を守る為に…
何のために闘い、何のために我らは行き続けるのか?
我も仲間達も、この疑問と共に行きてきた。
《彼女と出逢うまでは…》
彼女と出会ったのは、此処だった。
この西の森の奥深くの大木の下、彼女は一人で大木を見上げていたのだ。そして、見たことのない髪の色と
見たこともない変わった洋服を着ていた。ただ…
その横顔だけは何処か覚悟が決まった様な顔をしていた
不思議な雰囲気の女…それが、第一印象だった。
彼女は、我が枯葉を踏む足音に気が付き此方を見た。
薄い緑色の瞳を持つ彼女…その瞳の色は美しく吸い込まれそうな感覚を覚えた。しばらく見つめ合った後に
彼女は、落ち着いた声でこう話した。
『私は、早風春 今日から貴方も共に世界中の人類を
護るために、この世界に来た女よ』
何、訳が分からない事を話す女だ?っと、反論しようとしたが…真っ直ぐに見つめる瞳と度胸と覚悟と言葉に
嘘がないことが瞬間的に分かった。
(この人と共に、世界を周る旅が始まるんだ…)
今から約2000年前、我はハヤカゼハルと云う異国の世界から来た名前の女と此処で出逢い、そして…彼女が年老いて死んだ後に此処に自らの手で埋めた。
年老いた彼女をお姫様抱っこで抱えた
その身体は冷たくそして小さかった。
彼女の好きなガーベラ数本を彼女の身体の上に置いてやり…我は自らの手で彼女の身体の上に土をかけたのだ。
彼女は息引き取る前、自室のベットに横たわったまま
我と手を繋いでいた。ふと、彼女は我の目を見て
途切れ途切れに小さな声でこう話した。
『私が死んだら…私の身体は棺に入れないで…
そのまま土の中へ…私は…あの…
………大木の一部になるわ…』
それだけ話すと、彼女は…ゆっくりと瞼を閉じ
そのまま二度と目を覚まさなかった。
我は、言いつけどおりに彼女の身体をお姫様抱っこで
抱きかかえ西の森の奥深くの大木へ向かった。
誰も居ない森を奥へ奥へと歩き進める。
人に無表情や冷酷と言われている我が、道中で静かに涙を零したのはこれが最初で最後だった。
…埋葬が終わってから、更に2000年が経った。
時が経ち彼女の身体は朽ち果て、そして自然の力で彼女は本当に大木の一部になった。
彼女が居た証を示す為に、我は仲間に末裔まで代々語り継げよ決して途切れさせるな。と、言った。
《毎年、10月13日に西の森の奥深くへ》
《大木の下に花を供えよ》
10/13/2025, 4:23:01 AM