かたいなか

Open App

「『退屈な事』、『流れ続けて詰まる事の無い琴』、『渋滞しない、交通がスムーズな古都』……」
いや、多分今の時期、絶対古都とか観光で渋滞して、詰まってるんだろうな。某所在住物書きは「つまらないこと」の漢字変換パターンを考えながら、カリカリ首筋を掻いていた。
「個人的に、ひらがな系のお題は、どう漢字変換できるかは複数考えるようにしてるのよ。してるけどさ」
「琴」も「古都」も、俺には、ハナシ書くの難しいわな。物書きはため息を吐いて、物語を組み始めた。
普通に、捻くれず正直に、「つまらないこと」を書く方が無難そうである。

――――――

7月31日から今月4日まで、連作の形となった投稿の、これがいわゆる区切りのおはなし。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らしておりまして、その内末っ子の子狐は、花とお星様と、キラキラしたものがとっても大好き。
駄菓子屋さんで買ったビー玉に、母狐から買ってもらったホオズキの髪飾り、誰かが捨てた星のチャームにプラバン細工、それから自分でお餅を売った代金として、たったひとりのお得意様から貰うキラキラ500円コインやら100円コインやら。
子狐はそれらキレイな物を宝箱に大事にしまって、たまにその箱を開けては、幸福に、満足そうにフサフサ尻尾で囲い込んで、一緒にお昼寝をするのでした。

見る人には、それこそ今日のお題そのもの。
ホオズキの髪飾りは別として、さして価値も無いビー玉だのチャームだのを集めて宝箱に収めるのは、つまらないことかもしれません。
それでもコンコン子狐、ありったけのキレイを詰め込んだ自慢の宝箱を開け、それを眺めるだけで、嫌なことも、悲しいことも、大抵全部吹き飛ぶのです。

さて。今週のある日、いつもの30℃を軽く超越した最高気温な予報の朝。
母狐の茶葉屋さんの常連さんにして、いつも子狐からお餅を買ってくれる人間が、コンコン子狐のたったひとりのお得意様が、稲荷神社の近くで倒れて、敷地内の一軒家に緊急搬送されてきました。
熱失神。Ⅰ度の比較的軽い熱中症。
母狐の対処が早かったおかげで、大事には至らず、その日のうちにお得意様は帰ってゆきましたが、「個人的な悩み事」がどうとかこうとか。
表情すぐれず、心が苦しそうな目をしておりました。

(宝物を分けてあげれば、元気になるかも!)
子狐は素晴らしいことを思いつきました。
キレイなものがぎっしり詰まり、見ればたちまち心の悪いのも悲しいのも大抵吹き飛ばしてくれる宝箱。
つらそうな顔のお得意様に、財宝をひとつ分けてあげれば、きっと元気になるに違いありません。
が、
宝箱の中のキラキラを、大好きな誰かに贈って幸福を共有したい仲間意識と、
誰かにキラキラを贈ってしまうと自分のキラキラが減ってしまう独占欲が、
会敵して、くんずほぐれつして、ドッタンバッタン。
子狐はいっちょまえに、頭をかきかき、おでこをクシクシ、しまいには部屋の中をくるくるくる。
大葛藤を始めてしまいました。

「ぎゃっ! ぎゃっ!」
自分の心を、そこそこ複雑な葛藤を、どういう言葉にすれば良いかサッパリ分からぬコンコン子狐。
ただ心のままに、大きな声で、吠える吠える。
「ぎゃん! ぎゃん! ぎゃん!!」
宝物を誰かに贈るのは、とっても素敵なことです。
けれど、誰かに宝物を渡してしまうと、自分の持っている宝物が減ってしまいます。
どうしよう、どうしよう。

「あらあらあら。どうしたの」
くるくるくる、くるくるくる。
いっちょまえに苦悩するコンコン子狐。母狐が声に気付くまで、自分の部屋の中をずっと、ずっと走り回り続けておりましたとさ。
おしまい、おしまい。

8/4/2023, 1:40:07 PM