sairo

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初めて会った時から、兄は不思議だった。

『ごめんなぁ。兄ちゃんのワガママで、銀の鬼事に勝手に混じっちまって』

そう言って、私を白と黒の兄弟から隠してくれた。
すべて自分の我儘なのだと言いながら、それからずっと一緒に逃げてくれている。

強くて優しい、私のお兄ちゃん。になるはずだった存在の彼。
産まれなかったのだと、そう言っていた。鬼《母》の血が濃い兄は、現世に産まれ出たその瞬間に銀の焔に焼かれたのだと。

『でもな。お袋も親父も俺に生きてほしいと望んだんだ。だから俺はそれに応えて、姑獲鳥《こかくちょう》に望んだんだ』

姑獲鳥は子供を攫い、育てる妖だから。と兄は笑っていた。背後に佇む妖は何も言わず、ただ兄を見つめていた。



「銀。兄ちゃん、銀と散歩に行きたいな」

曇天の下。兄に望まれて、二人手を繋いで当てもなく歩く。
望みに応えたい衝動に駆られる事がないように、兄はいつもこうしてたわいない望みを口にする。
兄は優しい。妹として全力で甘やかしてくれる、兄妹という関係が心地良い。
繋いでいた手を軽く引く。立ち止まり、こちらに目線を合わせて屈んでくれる兄に微笑みかけて。

いつもありがとう。お兄ちゃん、大好き。

声なく、感謝を口にした。

「っ、銀」

僅かに目を見張り。次の瞬間にはくしゃりと顔を歪めて、泣きそうな顔で兄は笑う。

「ありがとうは俺の方だ。銀花。俺を兄ちゃんにしてくれて、ありがとうな」

優しく頭を撫でられて、そのまま抱き上げられる。
少しだけ近くなった空は、変わらず曖昧なまま。
晴れるわけではなく。かと言って雨が降るでもない。
まるで自分達のようだと、空を見上げ思う。

人にも妖にも成れない私。産まれる事が出来なかった為に、生きる事も死ぬ事も出来ない兄。
私はきっとこれからも曖昧で不安定なまま。けれど兄はいずれ変わってしまうのだろう。

姑獲鳥《こかくちょう》から姑獲鳥《うぶめ》へ。兄が呼び方を変えているのには気づいていた。知っていて分からないふりをしている。
姑獲鳥が産女《うぶめ》に成るならば、兄は姑獲鳥に攫われたのではなく姑獲鳥の子に成るのだろうか。
その時が来たら、私のお兄ちゃんではなくなってしまうのか。

「銀、どうした?何かあったか?」

空を見上げたままの私に心配げに声をかける兄に、何もないと首を振って答える。

変わらないものはない。それは分かっている。
それでももう少しだけ。
せめて兄が自分を兄だと呼んでいる間だけは。

この曖昧な兄妹の関係に、夢を見ていたいと願った。



20240615 『あいまいな空』

6/15/2024, 3:39:49 PM