#💧 #🎴 #無気力系主人公
「澄実(すみ)さーん。入りますよー?」
コンコンコン。扉を三回叩いた後、病室に向かって語りかけた蝶の髪飾りをつけた女。女はこの屋敷の主であった。本来ならば見回りの仕事は他の者に頼むことが多く見回りに来ることはない。けれども今回だけは特別であった。元水柱の様子見に加え、監視の役目を鬼殺隊の長より賜ったからである。
返事がないことは想定済みとばかりに彼女は扉を開き中に入っていった。
*
ガチャリと開いた先にはベットが六つ。その中の一つに彼女は横たわっていた。両腕と頭には肌が見えないほどキツく巻かれた包帯。入院着の下、お腹や太腿の辺りにも包帯がいくつか巻かれているが腕と頭ほどではない。頬には四角い絆創膏が大小様々に四つ貼られている。
「てっきりもう居ないものだと思っていましたよ」
右隣のベットに浅く腰掛け、未だ目を閉じたままの彼女に話しかける。
「お得意の寝たフリですか?相変わらず自由人ですねぇ、あなたは。体を診ている医者にくらい素直になってもいいと思うんですけど」
どう思います?そう尋ねた言葉、向けた笑顔。彼女からの返事はない。私は少し俯き、息を吐いた。
「……あなたはいつもこうですね」
彼女は滅多に怪我をしない人だった。それは強さの証であり、弛まぬ努力をしてきたからこそだと思う。彼女の真似事のようなものですら私にはきっとできない。剣士としてとても尊敬している。怪我が少ないことも医師である身からすれば願ってもないこと。
…なのけれども。彼女はあまりにも異常すぎる。
何度声を掛けても休まない。鬼が出るという噂を聞きつけては鎹鴉からの伝達も無しに赴く。
何度ここへ呼びつけても怪我をしているくせに治療しないまま、いつの間にかどこかへ消えている。
あの人が素直に機能回復訓練をしているところは私は見たことがない。いつも誰かの監視付き。それがなければするりと抜け出し、刀を持って街に駆け出していた。そんな彼女を柱はもちろんのこと、お館様でも手に負えないように感じている。
ただ頑固なだけの人だったら、どれだけ良かったでしょう。ただの好き嫌い、面倒くさい、信念。それらだったらどれだけ良かったでしょう。彼女はその何れにも当てはまらない。
端的に言えば、京(かなぐり)澄実という人は生に執着していない人間だった。自分が健康だろうが傷だらけだろうがどうでもいい。極端な話、生きていようが死んでいようが構わない。彼女はきっと、そう思っている。
更に他人と関わりを持とうとしなかった。必要以上に話しかけないし、返答もない。剰え人の名前はよっぽどのことがなければ呼ばない。かくいう私も私の姉も、同じ柱だった時に名前を呼ばれたこなんて一度もなかった。
「…はぁ。あなたは一体いつになったら、心を開いてくれるんでしょう」
恐らく彼女の死に際に、彼女をこの世に留めておける人は存在しない。死の淵に立った時、彼女は迷いなく淵から飛び降りる。…でも私はなれない。あなたの手を繋いだまま生きていく存在になんて。何かと感の鋭いあなたは、きっとそれすらも分かっているんでしょう?
「馬鹿な人……」
自分の生死は厭わないのに、誰かの生は願ってやまない。自分の死は恐れないのに、誰かの死はこれでもかというひどに怯える。自身の生にしがみつかないあなたは、それでもここまで生きてきた。ここまで鬼を滅してきた。
ふらふらと居場所を探し求めるように、刀を振るってきた澄実さん。
「あなたの居場所は、ここにあるんですよ……?」
だからここに帰ってきてください。お願いですから。
体温の低い手を両手で握りしめ、私はさめざめと泣いた。
*
その三日後、少女は無事目を覚ました。が、目覚めの報告を聞いて女が駆けつけた時には病室は既にもぬけの殻。代わりに綺麗に畳まれた入院着が一着、ぽつんとベットの上に鎮座していた。女の声が屋敷内に響き渡ったそうだ。
【還る場所はここにある】
続く
8/27/2025, 11:14:09 AM