「カラフル」
「ねーねー!!!これ!!!行こうよ!!!」
朝っぱらから大声を出すな!心臓に悪いだろ!
「まあまあ、そう怒らず!!!話を聞きたまえよ!!!」
自称マッドサイエンティストのこいつはこっちの心臓を気にすることなく話を続ける。
「ちょっと前から掲示板に貼ってあったこのチラシ!!!『写生大会』っていうのかい?!!ボク、すっごく興味があるのだが!!!」
写生大会?ああ、絵を描くあれか……。
悪いけどそこまで絵が得意じゃないんだ。
だから1人で行ってこいよ。
「なぜだい?!!一緒に描けばワクワクも喜びも2倍だというじゃないか!!!だから、ボクはキミと行くことに決めたのさ!!!いいでしょ?!!ね?!!」
「こういう機会がないとキミだって絵を描くタイミングがなくなっちゃうだろう?!!ついでにほかのニンゲンがどんなものを描き出すのか気になるんだ!!!せっかくだから、ね!!!」
……というか、何でそんなに美術に興味があるんだ?
マッドサイエンティストを名乗るくらいだから、もっと機械とか、そういうものに惹かれるものかと思っていたんだが。
「まあそっちに興味がないわけではないが!!!正直見飽きているんだよね!!!ボクとしてはサイエンスの延長で、芸術を通してニンゲンがモノをどう捉えているのかを知りたいのさ!!!」
……なるほど。わかったような、わからなかったような。
「それじゃあ出発〜!!!あ、でもその前に」
「純喫茶でモーニングを食べよう!!!」
純喫茶?そんな店があるのか?
「改めて思ったが、キミはニンゲンのくせにこの町のことを全っっっっっ然知らないよね!!!……川の向こうに古い喫茶店があるのさ!そこで朝食をとるよ!!!」
……知らなくて 悪 か っ た な 。
「そんなに怒らなくても〜……。だって知らないのなら学べばいいだけの話だろう?!!さあ、写生大会がてら、この町を色々見て回ろう!!!」
楽しそうにどこからかスケッチブックを取り出す。
……スケッチブックなんてうちにあっただろうか?
こうして、自分たちは町巡りを始めた。
まずは川の向こうの純喫茶。こいつ、川の向こうと簡単に言ったが歩くとそこそこ遠いんだぞ。
「たまには運動も必要だろう?!!いいじゃないか!!!……あ!!!これ!!!ここを描いたらいいんじゃない?!!」
そこには公園があった。どこにでもあるような、ありふれた公園。ブランコと滑り台と砂場、あと犬……?の顔を模った象形遊具。どれも色褪せて年季の入っているものばかりだ。
まだ朝の早い時間だからかひとはいないが、最近遊んだ子供が描いたものであろう地べたにあるチョークの落書きや、地域のボランティア団体が手入れをしている花壇や桜の木から、彼らの息遣いが伝わる。
「ねーねー!!!見たまえよ!!!」
振り返ると犬の遊具の上にあいつがいた。
そこは登る場所じゃないぞ!危ないから降りろ!
「ボクを誰だと思っているんだい?!!ボクは頑丈なマッドサイエンティストだぞ!!!多少の衝撃なぞボクには通用しない!!!ハッハッハ───??!」
笑いながら足を滑らせて自分の足元まで転がってきた。
言わんこっちゃない。
「平気平気!!!さて!!!絵を描くよ!!!」
……その勢いで絵を描くのか……。
少し腹は減っているものの、とりあえず手を動かす。
鉛筆でスケッチをとり、上に色をのせていく。
……とりあえずこんなもんか。
「お、描けたのかい?!!へぇ〜……」
何かを考えるそぶりを見せる。
……そんなに変なものを描いたつもりはないが。
「色んなニンゲンがたくさん描かれているね!!!
だが……ここにボク達以外はいなかったはずだよ???」
まあ確かに、厳密にはこういうのを「写生」とは言わないんだが、本来公園っていうのはひとびとが、彼らの思い出が集まる場所だから、練習のついでにそれを絵に反映しようと思って。
「なるほど……!芸術というのは見たままを写すものではないんだね!!!新たな知見を得たよ!!!」
そこまで大袈裟なものじゃないぞ。
……で、あんたはどんな絵を描いたんだ?
「ボクの絵に興味があるのかい???」
まあ、一応……?見せたくないんだったら見せなくてもいいが。
渋々見せてきたのは絵……というよりも写真に近い画像だった。今この瞬間を切り取ったかのような、とても精巧な絵。
同じ道具を使って描いたとは思えないクオリティだ。
「すごいな……。」思わず声に出る。
これがまさしく「写生」だな。
「いやあそれほどでも……あるかな!!!」
自分たちは公園を後にし、喫茶店へと向かった。
歩いたり絵を描いたりしたら流石に腹が減った。
喫茶店のモーニングでは何を食べようか。
……というかそもそもこいつは店で食べるつもりなのか?
忘れてしまいそうだがこの自称マッドサイエンティストは自分以外の生き物から知覚できないらしいから、店内のひとびとも同様こいつを認識できない。
「サンドイッチならテイクアウトに対応しているそうだよ!!!とりあえずボクはキミが食事をとるのを見ていることにするよ!!!」
……喫茶店に来た意味はあったのだろうか?まあいいか。
狭いマホガニー色の店内には、アンティークのランプやガラスの灰皿、花瓶に入った白百合が所狭しと置かれている。
正直こういう喫茶店にきたのは初めてで勝手がよくわかっていないが、なんだか誰かの思い出の中に入り込んだかのような、不思議な感覚になる。
自分はコーヒーとホットケーキを頼むことにした。
しばらくすると、店主らしきお爺さんがコーヒーとホットケーキを置いてそそくさと奥に戻っていった。
……こういう昔ながらというか、今ほどきっちりとマニュアル化やその徹底がなされていない接客を見ると懐かしい気持ちになる。そんな経験が子供の頃あったわけでもないのに。
そんなことを考えながらホットケーキに手をつける。
いただきます。
……バターが効いていて美味しい。そして生地もふかふかだ。
途中でメープルシロップをかける。
あぁ、思い描くホットケーキの味だ。
などと思っているうちにいつのまにか残りをとられていた。
「いや〜、キミがあんまりにも美味しそうに食べるからつい……!!あ、そうだ!!!このモーニングの絵も描いたらいいんじゃないかな!!!」
話題を見事にすり替えられた。
食べ終えて会計を終わらせ、河原でさっき食べたばかりのホットケーキの絵を描く。
「思っていたのだが!!!」
急になんだよ?
「キミ、別に絵が上手くないってことないと思うよ!!!」
「だってさ!!!さっきもそうだったが絵にニンゲンの暖かみというか、心模様がよく表れているというか!!!あと単純に絵心もある気がするよねー!!!」
絵心……?そうなのか?
「えー?!!自覚がないのかい?!!勿体無いよ!!!」
おだてられながら色々な場所の絵を描く。
川で水鳥が泳いでいる様子。山の麓の草花。
賑わう商店街。色とりどりの屋根が並ぶ住宅地。
ステンドグラスでできた街灯。寂れた神社。
気が付けばもう夕方になっていた。
もうそろそろ写生大会もお開きか。
そう思って立ち上がった時、ふと思った。
……そういえば、ホットケーキに気を取られて参加の申し込みをしていなかったな。
「あ……ごめん……。」
申し込みをしなかった自分も自分だよな……。
まぁ、いいか。
「にしても、この町はすごくカラフルだよね!!!とってもいい場所じゃないか!!!ボクは感動したよ!!!」
「あとね!!!家に帰ったら、ボクの絵を描いてよ!!!美味しいカレーを作るからさ!!!」
帰ってからも絵を描くのか……。
ちゃんと美味いの作ってくれよ。
それじゃ、このままカレーの材料を買いに行くとするか。
こうして自分たちの写生大会は幕を閉じた。
5/3/2024, 7:46:33 AM