相手が突然さよならと言わないで別れるゲームをしようと言い出したので、心底呆れ果てた。もうそろそろ席を立とうとする私を見計らって、向こうが悪戯に笑ったので余計に腹が立った。さてどうやって別れようかと思案している振りをして、そちらさんは私を試している。真剣に振り絞った声でも、にやつく口元が笑みで震えていた。
まだ遊び足りないこの大きな幼子をどうあやそうか。ふと、近くのテーブルに目を向くと、蜜柑が幾つもお盆に転がっていた。
ああ、そういえばやってみたかったことがあると閃いた時には、既に私は蜜柑を一つ手に持って、何度か手のひらに転がし投げたり落としたりと繰り返した。
上手だねと向こうが茶化してきたので、私は何も言わずに蜜柑をそちらへと放り投げた。相手は急に眼前に降ってきた果物に慌てふためき、瞬間に手を出して一度滑らすも、二度三度ところころと蜜柑に弄ばれて、ようやく両手でしっかりと握った。
たちまち心をおどる暖かな日の色に染まっている良い蜜柑でしょと、私はあごに指を添えてみせた。相手は意味が分からなかったようで、呆けた顔で瞬きを繰り返している。
古き時代から今も伝わっているあいさつだよと、私は相手の眼をじっと見つめながら、手を振って立ち去った。
(241204 さよならは言わないで)
12/3/2024, 3:02:14 PM