125.『雪』『色とりどり』『三日月』
これはきっと運命の出会いだ。
寂しそうに鳴いている子犬を見て、私はそう思った。
その可愛らしさに心を奪われて、目が離せない。
気がつけば駆け寄って、私は子犬を抱きかかえていた。
「私、サラっていうの」
私は抱き上げた子犬に、優しく語り掛ける。
子犬は最初驚いた様子で縮こまっていたけど、逃げる素振りを見せなかった。
それどころか、そのまま大人しく身をゆだね、甘えるように鼻を鳴らしてくる。
その愛くるしい様子に、私は決意した。
「私の家族にしてあげる」
これはやっぱり運命なのだ。
そうでなければ、会ったばかりの相手とこんなに心を通わせられるはずがない。
込み上げてくる幸せに、顔がにやけるのを我慢できなかった。
「あ、名前を付けないとね。
うーん、ユキはどうかな?
雪のように白いからユキ」
「どう?」と聞くと、ユキは嬉しそうに吠えた。
「決まりだね」
私は嬉しさのあまり、その場でスキップした。
あとはお母さんに相談するだけだ。
突然でびっくりするだろうけど、ダメとは言わないはずだ。
前から『犬を飼いたい』って言ってたから、きっと喜んで――
「ダメです」
目の前が真っ暗になった。
お母さんは、見たこともないような怖い顔をして私たちを睨む。
私は泣きそうになったけど、涙をこらえて叫んだ。
「犬、飼いたいって言ってたじゃん」
「確かに言いました。
でも、それとこれとは別です」
「私が絶対面倒みるから!」
「それでもダメです」
「しつけもするから!」
「サラ、いい加減にしなさい」
「嘘つき! 意地悪!」
「嘘つきでも意地悪でもありません。
その子は絶対に飼いません」
「ケチ!
なんでダメなの!!」
「何を言っているの!?
あなたはそんな事も分からないのかしら!」
お母さんは怖い顔のまま、ユキを睨みつけるように言った。
「その子、犬は犬でも地獄の番犬ケルベロスじゃないの!」
私はお母さんの言葉にハッとしてユキに振り返る。
そして心配そうに私を見つめるユキと目が合った。
ユキの、不安げな六つの瞳と…… って、ええ!?
「頭が三つある!
ケルベロスだ!」
「今頃気づいたんかい!」
「いいじゃん別に!
頭が三つあってもいい子だよ。
三倍頭がいいよ、飼おうよ」
「悪いけどケルベロスの育て方なんて分かりません」
「えーーー」
「というか、どこで拾ってきたの?
ケルベロスって、地獄に住む犬でしょ」
「この世界こそが地獄だよ」
「……育て方間違えたかな」
お母さんが辛そうに頭を抱えた。
頭が痛いのだろうか?
さっきから叫び通しだったから、多分そうだ。
「あと、ずっと聞きたかったんだけど、なんで名前がユキ?
この子、炭みたいに黒いじゃない?」
「凄いの!
ユキの歯、とっても白いの!」
「犬の歯はたいてい白いわ」
「マジで!?」
それは知らなかった。
「とにかく!
その子は絶対に飼いません!
だから拾った場所に戻して…… 戻して、いいのか……?
じゃあ、保健所…… でも、引き取ってくれるのかしら?
地獄まで連れて行くわけにも行かないし、行けても娘に地獄に落ちろとも言えないし……
うーん……」
お母さんがぶつぶつ言い始めた。
何か悩んでいるみたいだけど、ユキを飼うことを許してくれそうにない事だけは分かった。
そんなに嫌がるなんて、お母さんはユキのことが嫌いなのだろうか?
こうなったら説得を諦めて、ユキと一緒に家出をしようかな。
そんな事を思っていると、突然玄関チャイムが鳴る。
「失礼します」
返事も待たずに男の人が入って来た。
「ちょっと、勝手に入ってこないでください」
「いいじゃないですか。
それよりもいいお話があるんですけど」
「今、娘と大事な話をしているんです。
帰って下さい」
「私の方も大事な話でしてね。
お金を簡単に稼げる、いい情報があるんですよ。
ほら、この色とりどりの石をあなたに安く売りますので、他の方に高く売りつければ――」
「犯罪ですよね」
「いえ、ビジネスです」
お母さんが何度帰って欲しいと伝えても、男の人はしつこく話を続けていた。
話の内容は半分も分からなかったけど、男の人が悪い人だと言うのは分かった。
なぜなら男の人は頬に三日月の傷跡があって、まるでテレビに出てくるヤクザのようだったからだ。
「ユキ、どうしよう。
悪い人だよ、怖いよ……」
私が恐怖のあまり、ユキをギュッと抱きしめる。
ユキは私の方を一瞬見て、すぐに男の方を振り向き唸り声をあげた。
「ユキ、どうしたの?」
今まで見せなかったユキの怒りの形相に、私が驚いて手を離す。
するとユキは弾かれたように男の人に飛び掛かり、猛烈な勢いでかみつき始めた。
「うわ、犬!
犬だけはダメなんだ!」
「助けてくれ」と情けない声をあげながら、男の人は玄関から出て行った。
お母さんはホッとしたようにため息を吐いて、ユキを優しい目で見た。
「助かったわ、ユキ。
ありがとう」
「お母さん、ユキは強くていい子なの。
飼おうよ」
私がユキ有能さをアピールすると、お母さんはもう一度ため息を吐いて、ようやく微笑んだ。
「そうね、ケルベロスなだけあって、番犬には最適だわ。
いいわ、認めます。
その代わり、責任を持ってちゃんと世話するのよ」
「ありがとう、お母さん!」
私は万歳して喜ぶと、ユキも嬉しくなったのか、三つの頭が遠吠えをし始めた。
そうして私たちが喜んでいると、お母さんが「そういえば」と手を叩いて言った。
「ところでケルベロスは何を食べるの?」
「分かんない。
生肉とか、人間の魂とかかな?」
「……やっぱり今の話、なしにしてもいいかしら?」
1/15/2026, 1:20:07 PM