葉作(はさく)

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お題【カラフル】
『混濁』

その街は、効率と調和を愛していた。

人々は清潔で明るいパステルカラーを身にまとい、 波風を立てぬよう、みんな同じ色の絵の具を薄めて使っているような、薄っぺらな幸福感を表す、薄い水色や淡いピンクの笑顔を貼り付けて暮らしている。
それは、雨に濡れてふやけた色紙のようで、触れればすぐに破れてしまいそうな安寧だった。

そんな街の片隅に、画家の男がいた。
彼の服は、何十色もの絵具が飛び散り、重なり、遠目には「汚い真っ黒」に見えた。街の人々は彼を避け、「あんな色の濁った人間にはなりたくないものだ。」と眉をひそめた。

ある日、一人の少女が男の家を訪ねた。彼女は「自分に何の色も似合わない。」と泣いていた。

「私、何を選んでも中途半端なんです。優しい色も、情熱的な色も、全部似合わなくて。私の心は、ただの濁った灰色なんです。」

少女は話した。
みんなが笑顔で着こなす柔らかな色が、私にはまるで、自分を殺して隠すための包帯みたいに思えてしまって、と。

男は筆を置き、自分の真っ黒な袖を見つめて笑った。

「お嬢さん、知ってるかい? 光は混ぜるほど白くなるが、色は混ぜるほど黒くなるんだ。」

彼はパレットの上で、鮮やかな赤、深い青、眩しい黄色を次々と混ぜ合わせた。

「赤は怒りだ。青は悲しみ。黄色は喜び。一つひとつは綺麗だが、それだけじゃただの記号だ。でもな、それらすべてを飲み込んで、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせると、最後にはこの『黒』に辿り着く。」

男は少女の目を見て言った。

「君の心が灰色に見えるのは、まだ色が足りないからだ。もっと傷ついて、もっと笑って、もっと絶望して、全部の色を自分の中にぶちまければいい。そうして出来上がった『黒』は、どんな光にも透けない、この世で一番カラフルな色になるんだよ。」

男のその黒は、単なる暗闇ではない。幾層もの時間が折り重なり、沈殿した、静かな地層の色をしていた。

少女は、男の黒い服の中に、無数の色の破片がキラキラと光っているのを見た。
陽の光に当たった時だけ、深い底の方で赤や青の粒子が瞬いていた。

「真っ白」でいることは、何も持っていないことと同じだ。
けれど、すべてを経験し、すべてを混ぜ合わせた「真っ黒」は、あらゆる感情を内包した最強の証明。

少女は初めて、自分の濁った心に、新しい色を塗り足す勇気を得た。
街のパステルカラーが、ひどく退屈で、頼りないものに見え始めていた。

少女は冷え切った指先に、パレットから一滴、焦げるような情熱の赤を掬い取った。


世界は今、ようやく、汚れ始めた。

5/1/2026, 11:26:41 AM