なこさか

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 片割れ


 窓から差し込む夕日の光。誰もいない教室の一席で、俺は静かに本を読んでいた。

 「リーゲル」

 ジャスミンの香りと軽やかな声に顔をあげると、気配も音もなく彼女は俺の目の前にいた。楽しげに細められた金の瞳には、難しい顔をする俺の顔が映っている。

 「……マリア。気配を消すのはやめろと言ったはずだ」

 「あら、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」

 「……言葉と表情が一致していないぞ。それで、例の話はどうなった?」

 にこにこと笑う彼女にそう問い掛ければ、マリアは静かに言う。

 「あなたの読み通りよ。この魔法学園で、対の魔法使いである私たちを倒そうと、画策している輩がいるのを見つけたわ。それも、これから襲撃をするみたいね」

 「数は」

 「ざっと数えて30くらい」

 「……」

 俺は静かに息を吐くと、読みかけの本を閉じた。椅子に立てかけていた銀の杖を手に取る。

 「舐められたものだな。金華の魔女と銀葉の魔法使いも」

 「ええ。そうね。悪い子には仕置きが必要かしら?」

 そう言ったマリアの手には俺と揃いの金の杖が握られている。
 この魔法学園では、入学時に占星術で共に卒業まで過ごすパートナーを決める風習がある。片割れと共に腕を磨き、魔法学園で勝ち残る。負ければ即退学だ。
 その中で俺とマリアは、銀葉の魔法使いと金華の魔女として名を馳せていた。その由来は俺たちの杖にある。俺は、銀の杖にしなやかな葉の模様がついていること。マリアは金の杖に華やかな花の模様がついていることから。

 と、ここまで聞けば、俺たちが強い所以は互いを想い合う息ぴったりのパートナーだから、となるだろう。しかし、実際はその逆だ。

 「あ、私の足を引っ張らないでね?リゲル。じゃないと、敵さんごとあなたのことを燃やしてしまいそう」

 「それはこちらの台詞だな、マリア。お前も前に出過ぎて、凍りつかないように」

 俺たちは出会った時から反りが合わなかった。目が合った瞬間からこの有様だ。渡された杖も似たようなものだと知った時は、危うく殺し合いになるところだった。
 ……それくらい、互いをよく思っていない。

 「私はね、あなたのその毅然とした態度が気に食わない。その銀の髪も瞳も気に食わない。何故、私の炎と真反対の氷の力を持っているのかしら?」

 ニコリと微笑むマリアに俺は言い返す。

 「……随分とお喋りだな。容姿なんて、持って生まれたものだろう。お前の場合はその意地の悪い性格をどうにかしろ。振り回されるこちらの身にもなれ」

 「あなたの事情なんて知ったことじゃない。こっちはしたいことがあるからするの」

 「それはただの我儘だ」

 と、その時。窓の外から雷が飛んでくる。しかし、マリアは杖で受け止めた。そうして窓の外を睨む。

 「今は取り込み中よ。割り込むなんて、そんなに私たちとお話したいの?」

 窓の外には箒に乗った魔法使いたちが30人ほどいる。マリアは窓の外へ飛び出すと、箒に乗った。

 (……少しは冷静になれないのか)

 俺はため息を吐きながら、外に飛び出す。俺たちと向かい合った魔法使いの一人が笑った。

 「流石の銀葉の魔法使いも金華の魔女も、この人数には勝てないだろ?お前たちを倒して、俺たちがこの学園のトップになる!」

 げらげらと笑いながら、魔法使いたちは杖を構える。
 俺は深く息を吐き、目の前の奴らを見る。心だけを冷たく、頭が冴え渡らせるように深く息をする。くだらない真似で俺たちの首を狙おうとする奴らには、相応の目に遭わせてやらないとな。
 ちらりとマリアの方を見れば、彼女も同じことを考えているようで、楽しげに笑いながら俺のことを見ていた。真っ赤な長い髪がゆらゆらと風に揺れるその様はまるで炎のようだ。

 「少しお前たちは勘違いをしているようだ」

 「何?」

 「少なくとも私たちはお前たちの思うようなパートナー同士では無いわ。その気になれば、片割れを殺すことも厭わない。……お前たちにその覚悟はある?」

 「俺たちはある。その内に、お互いを殺すつもりだからな」

 「だから、お前たちに構う暇なんて無いの」

 こういう時にだけどうして息が合うのだろうな。それだけ互いを嫌い合っているから、なのか。
 真っ赤な髪も金の瞳も。刹那主義で、自身の楽しみにしか興味のない魔女。俺とは真逆だ。
 俺はお前が嫌いだ。そして、お前も俺が嫌いだ。お互いを嫌い合い、殺し合う。それ以外に興味は無い。だが、この放課後の有意義な時間を奪う奴らに、くれてやる命も名誉も何も無い。
 それはきっと奴も同じだ。

 俺たちにあるのは、互いを嫌い合う気持ちだけ。
 それでも、誰よりも互いをよく知っている片割れだ。

 「「邪魔をするな。さっさと失せろ」」

 

10/13/2023, 10:20:04 AM