いろ

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【好きな本】

 リビングの机の上に置かれた二冊の本。どちらから読もうかと迷い、キッチンでコーヒーを淹れている君へと向けて声を張り上げた。
「ねえ、どっちが面白かった?」
 片方は著名な賞を取った感動作と話題のヒューマン系小説、もう片方は無名の作家の処女作となる歴史ミステリー。系統が違いすぎて、判断が難しい。と、ちょうどコーヒーを淹れ終わったところだったらしい君が、マグカップを持ってリビングへと戻ってきた。
「受賞作のほうは、まあ可もなく不可もなく。僕は歴史ミステリーのほうが面白かったかな、人物描写が巧みで」
「そっか、ありがとう」
 君の評価を聞いてすぐに、ヒューマン系小説へと手を伸ばす。君の眉が少しだけ訝しむように細められた。
「え? 歴史ミステリーのほうがオススメだけど?」
「うん。私、楽しみは後に取っておく派だから」
 軽やかに頷けば、君は軽く頬をかく。いささか遠い目をしながら、私の隣に腰を下ろした。
「あー、そういえば君はそうだっけ」
 好物は後に回したい私と、好きなものから手をつける君。食の好みも私は甘党で君は辛党。洋服センスすら、モノトーン好きな私と明るめの服装を好む君とじゃ全く噛み合わない。何もかもが正反対な私たちの唯一の共通点が、本の好みだった。
 読んでいる本が一緒で、好きな作家も一緒だった。それが、君と私が話すようになったキッカケ。他の全てが真逆でも、その一点が同じなだけで、君の隣はこの世の何処よりも居心地が良いんだ。
 君の飲むコーヒーの香りを感じながら、本のページをぱらりとめくる。どんな高級レストランに行くよりも贅沢な、日曜日の午後の過ごし方だった。

6/15/2023, 12:29:59 PM