好き嫌いはしちゃダメと教わってきたから、何も愛さないことに決めた。
そのうち愛されたいと思うことすら辞めて、昆虫のように気高く生きてきた。
だから、今更困るんだ。
こんな風に愛を伝えられたところで、僕にはやり方がわからない。
今週10回目になる林田仁花からの告白を断ると、教室中にブーイングが起きた。
イキんなボケチビ、いらねぇならウチがもらうぞ、引き出し糠床にしたろか、などと物騒なワードが飛び交う。
しかし当の林田は平然としたもので「じゃあ一緒に帰ろう」と僕を待っていた。
告白に答えられない理由は明確にあれど、一緒に帰ることを拒む理由はない。
いつもどおりにバッグを持って、昇降口から外に出た。
「なんで、林田は僕に告白してくるの?」
聞くと、不思議そうな表情。
「好きだから」
「どうして好きだと告白したくなるの?」
「付き合いたいからだね」
「どうして僕と付き合いたいの?」
「好きだからだね」
循環してしまったので質問は打ち切る。
学校の傍にある矢代神社の木の枝で、アブラゼミが鳴いていた。
「じゃあどうして、僕が好きなの?」
「ううん、それを答えるのは恥ずかしいな」
「教室で1日2回告白するより?」
「うん、それは私の内面の話だから」
「分からないけど、分かった」
「篠塚くんは人を好きにならないよね」
林田の声色が1mほど沈んだ気がして、肌がピリッと痛んだ。
「分からないんだ」
まだ、と縋るように付け加えた。
いずれはそれが分かるとでも思っているかのように。
「知ってるよ、そうだと思ってた」
「ならどうして告白するんだ。僕は林田さんの気持ちには答えられない」
「それも知ってるよ。私もそうだったし」
真っ直ぐ僕を見る瞳が深くて、吸い込まれそうな心地を覚える。
促すまでもなく、林田さんは続ける。
「私がそれなりにモテることは知ってると思うけど、まともに続いたことはないんだ」
「なんとなくは知ってる」
「味のしない料理を食べてるみたいに無為で、噛むほど自分が嫌いになっていくんだ。篠塚くんとは関わりなかったけど、この前見ててふと思ったんだ。この人も私と同じなんじゃないかって。それから気になってずっと見てた。見る度に確信が深まって、どんどん知りたくなった。そして何してる時もふと思い浮かぶようになって思ったんだ。これ、じゃないかって。初めての感情は楽しくて、大袈裟じゃなく世界が変わって見えたんだ。みんなずるいよね。いっつも世界がこうだなんて。だから、こうして毎日、告白してるわけだけど。私はもしかしたら、フラれ続けることを望んでるのかもしれない。形が変わるのが怖いから、まだこの気持ちを味わっていたいから。自分勝手だって、そりゃ思うけど。だけど醒めたくない。だからお願い、篠塚くん」
「このまま誰も愛さないでいて」
6/12/2023, 2:44:44 PM