へるめす

Open App

夜の在来線の、それも各駅の鈍行とあれば、ひとの少ないのは至極当然に思える。だが、どうだろう。今わたしの目の前の座席には、極彩色の顔をした大きな鳥が座っている。
夜闇に白い光の点々と輝く郊外の街並みを背にして、純朴そうな瞳に真っ赤な鶏冠、黄色い嘴、青と黄の混じった状貌のその鳥は、口の先に折詰を提げて、凝然と正面を見据えている。謂わば、一杯引っかけて家路に着いた亭主の顔をしていた。
車内には二人、いや一人の一羽切りで他にひとはいなかった。わたしは募る不安に耐えきれず、よほど別の車輌へ逃げ込もうとも思ったが、それ以上に、隙を見せられないような、野生の、剥き出しの恐怖がわたしを磔にしてしまった。
そんな葛藤を後目に、電車は何事も無く、わたしの目的の駅へと到着した。わたしは飛び出すようにしてドアを脱けると、一目散に改札を出た。それから、わたしはほとんど無我夢中で、通い慣れた路さえ迷うような底で晩餐のことなど終ぞ失念したまま、ようやくにしてわたしの住む独身者向けの小さなアパートの辺りに辿り着いた。
しかし、わたしが隣家の、清潔な佇まいの一軒家を横切ろうとした時、横目に見えた視界には、確かにあの折箱を咥えた鳥の姿があった。わたしは、驚きの余り、その場に立ち竦んだ。パパ、おかえり――あら、あなたったら、それお土産ですか――件の極彩色氏は、そんなやや古めかしい気さえする牧歌的なやり取りの向こうへと消えていった。
わたしは、独り居の自室にどうにか気怠い身体を滑り込ませると、黴臭い玄関にうずくまったまま、知らず知らず朝を迎えた。

---
カラフル

5/1/2023, 11:40:41 PM