僕は罪人です。
生まれてからこのかた、生きるために何でもしました。
盗みも、騙しも、時には誰かを傷付けることも。
そうしないと、生きていけなかったから。
そんな理由を並べても、やってしまったことはやはり悪いことなんだと思います。
だからこうして捕まって、刑に処されるのは当たり前なことなので、僕は受け入れようと思いました。
『最期に伝えたいことはあるか?』
檻に入っている僕に向けて看守の人がそう言いました。僕がここに入れられてからずっと、僕の見張りをしていた人です。
伝えたいことなんて、そんなこと。
普通の看守だったら聞きません。
僕ら罪人のことなんて、人間とも思っていないでしょうから。
だからきっと彼は、看守にしては珍しい、いっとう優しい人なのでしょう。
伝えたいことなんて、僕にはありません。
今この瞬間まではそうでした。
だって伝えたい相手もいないのに、伝えたいこともないでしょう。
だから。
「ありがとう。僕のために泣いてくれて」
鉄格子を経て目の前に立つ彼は、ぽろぽろと涙をこぼしていました。
「ありがとう。僕の言葉をきいてくれて」
誰かに伝えたいことがある。
それはなんて誇らしく素敵なことなのでしょう。
そしてその思いが伝わった時、こんなにも心が満たされるなんて、僕は生まれてこのかた初めて知ったのです。
【伝えたい】
2/12/2023, 10:58:38 AM