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「夏休み、どうすんの?」
「……まだ決めてない」
「実家は? 帰んないの」
「お盆あけ、すぐゼミの実習あるし」
「ふーん……」

当たりさわりのない言葉が、ぽつりぽつりと私たちの間に落ちて、静まり返った。
何度目だろう、この湿った沈黙。
あなたが私の部屋を訪れるたび、名前のつけられない何かが、胸の奥で膨らんでいく。学生最後の夏だというのに、言えないことばかりが積もっていた。
テーブルの上には、二人で分け合った炭酸の缶。
もうぬるくなって汗をかいていて、私たちの肌みたいだった。
蒸し上がった夕暮れの部屋で、二人ともキャミソールで、剥き出しの肩が何度も触れ合っていた。
西日はまだ窓から差し込んでいて、カーテンをすり抜け、あなたの細い鎖骨のくぼみに影を落としていた。
夏の夕暮れは、好きじゃなかった。
いつまでもだらしなく日が残っていて終わらない。だから願っていた、早く夜になればいいと。
会話の途切れた私たちは、動けずにいた。
どちらか少しでも動けば何かが崩れそうで、私たちは息を潜めるようにじっとしていた。
静まり返った中、あなたの細い指が、炭酸の缶の縁をゆっくりとなぞる。
あなたは、炭酸を喉に流し込んだ。小さな喉が少しだけ上下する。西日があなたの濡れた唇を照らしていて目が離せなかった。
炭酸を飲み終えたあなたと目が合って、それはまるで合図みたいだった。
私はそっと、あなたの手を取った。
あなたは何も言わなかったけど、指先は離れなかった。
私たちは無言でしばらく見つめ合った。
やっと私が絞り出した言葉は、暑いね、みたいな意味のない言葉だった。
「……でも、もうすぐ夜になる」
普段無口なあなたが言った言葉を覚えている。その一言に託すみたいに、私たちは身を寄せ合った。
夏のせいだった。
炭酸がぬるいのも、私たちの関係に名前がつけられないのも、全部夏のせい。

私たちはその夏、二人とも実家に帰省しなかった。
ただ、ぬるいソーダの味と夏の長い夕暮れを共有した。私たちはいつも性急だったけど、それは始めだけだった。あんなにもゆっくりと丁寧に、胸が苦しくなるくらい静かに過ごしたのは、あの夏だけだ。でも、私たちは肝心なことは言葉にしなかった。
夏が終わる頃、あなたはやっぱり何も言わないまま、私から遠くへと行ってしまった。
あの時言えばよかった。
言えずにいたのは、「行かないで」とか「また会いたい」とか、そんな言葉じゃなくて、たった一言だったのに。


8/3/2025, 11:09:09 PM