【どうして】
①どんなふうにして。いかにして。
②なぜ。
③それどころか。
④感心して言う語。いやはや。
⑤(多く重ねて用い、相手の言葉を強く否定する)とうてい。もってのほか。
広辞苑 第七版より
とある連休最終日の昼下がり。
―さて、これをどうしてやったものか―
脱水までされたそれは元気を失っているため、日干しされた。
・・・・・・・
風呂上がりでまだ濡れた髪をタオルで拭きながら、昨日入れた煎茶を冷やしているボトルを冷蔵庫から取り出す。
コップに注いだお茶を飲みながら8畳ワンルームの部屋に戻ると、消さずに風呂に入ったテレビが部屋の中に笑い声を伝えている。
そのテレビに向かい、ベッドの側面にもたれかかって風呂上がりの一息をつく。
そんな自分だけの夜の時間は、時に物足りなさを感じたりもすることがあったり、なかったり。
そして今日もいつものスタイルに入るべく部屋の入りかけたところで、髪を拭く手は止まり、顔を引きつらせる。
定位置にあるクッションの上に我がもの顔で(どちらが前かもわからないが)鎮座している毛玉。
わずかながらも規則的に膨張したり縮んだりしているところをみると呼吸をしているようだ。
行儀が悪いと言われようが誰も見ていない。その毛玉を右足で軽く蹴ってクッションから避けた。
・・・・・・・
どうして毛玉との生活をしているかというと、さかのぼること3日前。
翌日から休みで祝日を含めて3連休。良くも悪くも何の予定もない。
何の予定がなくても休みの前日は嬉しいもので、ご飯を作る気にもなれず出来合いのご飯とお菓子、休日用のちょっと良いパンを買ってアパートに戻る途中、
小さな黒い毛玉を見つけた。
(猫?・・・にしては丸すぎるし・・・)
頭の中には西部劇で地面を転がるダンブルウィードや北海道のまりもが思い出された。これで黒ければまっくろくろすけのおっきいやつ。
質感的に軽そうだから絵にかいたような・・・毛玉。
ゴミかと思ってそのまま通り過ぎると、信号待ちの時に足元に転がってきた。
(え?風吹いてたっけ?)
足元を見るとさっきの毛玉は自分の足元にある。
信号待ちの間、少しその毛玉と距離を取った。
アパートの下についたとき、嫌な予感がして振り返ると毛玉がいる。
軽い恐怖。救いはまだ周囲が明るいこと。これが夜だったらマジで怖い。
明らかに毛玉に話しかけるのも気がひける。さっさと部屋に入ってしまおうと階段をあがって振り返ると階段の下で止まる毛玉。
(こころなしか、さみしそうにしている気がしなくもないが・・・)
そのまま毛玉はおいておき、早々に部屋に戻って買ったものを片付け、早めの食事の準備を・・・といっても温めるだけなのでさっさとお風呂のお湯をためた。
一息つくと、さっきの毛玉が何だったのかまた気になった。
外はほとんど暗くなり始めていて、干していた洗濯物を取り込んだときに下をのぞいたが毛玉はいない。
(いないとは思うけど・・・)
部屋を出て階段のところに行くと、
―いた・・・―
ただの毛玉でしかなく、目も見えないのにこちらを見上げているような気がしてしまう。
そっと階段を下りて隣に立つと、逃げるどころかどうして毛玉は目の前で小さくくるくると転がり始めた。
―なんのアピール・・・―
得体も知れないのにちょっとかわいいと思ってしまう自分がいる。
(このアパートペットは禁止なんだよなぁ・・・これ毛玉だけど)
かがんで「うち、くるか?」と小さくこぼすと毛玉は足元まで転がってきた。
そのまま抱え上げると重さはほとんどない。
言っては悪いがでかいほこりのようだった。
毛玉を抱えて玄関に入ると、ちょうど風呂から入浴準備ができたという案内が流れた。
潔癖というわけではないが、外から持ち帰ったものをそのまま部屋に入れるつもりはない。
(そのまま風呂につれて入るか)
ネコは水が苦手と聞いたことがあるが、果たして毛玉はどうなのだろう。
表情がわかるわけでもなければ、風呂を見て逃げるようなそぶりもない。
とりあえず、適温のシャワーを上からかけてみた。
―マジか・・・―
温かいお湯を浴びた毛玉は・・・重みに・・・つぶれた。
それはもうぺっちゃんこである。
(まんま毛玉じゃねぇか)
と、つまみあげると、その身をよじって水分をしぼりおとし、もとの毛玉に戻った。
なかなか器用なものだ。
自分が先に洗って見せ、泡立てた泡をつけてやると伸縮を繰り返して自ら泡球になった。
シャワーを上からかけてやると、つぶれたものの要領を得たのか自分で自分を絞って毛玉に戻った。
こころなしか、どや顔をしている気がするが顔はない。
風呂に入れておぼれてもかなわないため、洗面器に湯を取り分けてやると自ら入っていた。
満足そうにしている気がするのはこっちの勝手な想像なのか、それを見た後はしばらく自分の時間となった。
「あがるぞ」
声をかけると、洗面器からのっそりでてきて、べショッとつぶれた。
持ち上げると、熱い毛玉になっていた。
(毛玉の癖にのぼせるのか・・・)
乾いたタオルで水分を取り、ドライヤーで冷風を当ててやると転がりだした。
果たして毛玉に水分は必要なのか。
生き物であると仮定すれば、水分がいらない生き物はいない。
コップにお茶を注ぐついでに、さらに水を注いでやると、目もないのにコップと見比べるような動作をしている。
試しにコップを渡すと、コップを覆ったと思ったら冷えたお茶はなくなっていた。
(飲むのか・・・)
こうなると、飯も食べるんだろうなとあたりをつけて、買ってきた多めの総菜は2つの皿にわけた。
テレビの前で皿から不自然に消える総菜を見ながらも、毛玉が満足そうにしているのを見ていると、
どうしてこいつは憎めない。と、軽く笑っている自分がいた。
鳴き声があるわけでもなく、持ち上げてみても毛玉。
どこから見ても毛玉なこいつとの不思議な生活が始まった連休前。
・・・・・・・・・・
そして、今日、間違って洗濯機に放り込まれた毛玉は日干しされる運命となった。
目覚めた毛玉はしばらく洗濯機には近寄らなかった。
どうして洗濯機などと、洗濯機の前に立つときには裏目がましく見られているような気がしてならない。
こうして毛玉との生活は続いていく。
1/14/2024, 11:52:50 AM