よあけ。

Open App

︰香水

学生時代の話である。

「香水って難しいよな。自分が良い匂いだって思ってもみんなが同じように良い匂いだって思うとは限らないし。ウキウキで香水つけて『その匂い嫌い!』って言われたら、自分なら凹む。ていうかそういうのばっか気になって香水に手を出せねえ!!」

と友達は言っていた。正直助かる。無味無臭でいてほしい。柔軟剤や香水といった匂いものにあまり強くなくて、嗅ぐと頭痛と吐き気がしてきてしまうから、なるべく今のままがいいよ。それと出来上がった友のイメージが香水によってぶち壊されるのが恐ろしい。

「もし香水つけるとしたらさ、爽やかな感じで……ミント系とか? そういう香りがいいなぁ」

「爽やか系!? なんかカッコイイ! じゃあ初香水はそういうの探そ〜。……けどなあ……ああいや……う……やっぱ買わん、良い匂いな奴はあるけどほとんど香水って臭いし……」

「香水好きじゃないの?」

「憧れは、ある!」

なんてことないただの雑談だった。



2カ月だ。たった2カ月で人は変わるらしい。やたら甘ったるい匂いがするから「くせぇ!」と思わず言いかけたが、踏みとどまった。

「もしかしなくとも、香水買った?」

「あ! 買った買った!! 見てよこれ推しのフレグランス!!」

そう言って細長い瓶を取り出して見せてくれた。友達の推しとはアニメのキャラクターらしく、瓶にはそのキャライメージのマークがプリントされている。

「あ〜、たまにこういうの見かける。おもしろそうなやつ。ハマってるゲームもこれ出してた気するわ」

「え、じゃそれ買おう。これ初めて買ったけどさあ、推しと一緒の匂い、すごいぞ、推し活サイコー」

友達は嬉しそうに香水を眺めている。最近推しができたらしい。ここ2ヶ月はその推しのアニメを何度も見返したり、グッズを探しに行ったり、近くにポップアップショップがあると分かると急いで飛んでいったり、何かと充実した毎日を送っているらしかった。布教もしているらしく時には引きずられてお店に連れて行かれることもあった。「ここのシーンがめちゃくちゃ良い」と言ってアニメを見せられたりもする。そのアニメに興味は湧かなかったが楽しそうに語る友達を見るのは楽しかった。

「香水手出せん言ってたやん、やっぱ推しグッズは買わんとって感じ?」

「最初は悩んだ、悩んだけどやっぱ推しとお揃いは大事。マジで最高よ、買え、な」

それにしてもなぜよりにもよって「推し」の匂いが甘い系なんだ、そこだけ不満である。別にキャラに罪はないけど。

相変わらず甘ったるい匂いがする。爽やかミントじゃないのかあ、なんて友達に解釈違いを起こしていた。これじゃ厄介オタクみたいだ。

「気向いたらね」

「絶対良いから、な!? この喜びを分かち合いたい!」

「えーー…………あ」

とても良いことを思いついた。買う気になってくれた?と目を輝かす友達をスルーして自分を指さしながら質問する。その返答次第だ。

「どんな匂いが似合いそう?」

「え、うーーん……そもそも香水の匂いそんな知らんな……爽やか……? なんか違うか、ええーーあ〜〜〜………あ! 草や!」

「草て」

「あるよ探せば草の匂い! たぶん!」



数週間後推しのフレグランスをゲットした。これまた甘ったるい匂いのする香水で、自分でつけておいて少し胸焼けしてきた。しかしどんな反応をされるのか楽しみなのでグッとこらえて待ち合わせ場所へ向かった。

「やっほーお待たせ〜」

「あ、やっほー!! って」

明るかった友達の顔が見る見る曇っていって

「なんか匂い解釈違いなんですけど!!!!」

と告げられた。

8/30/2024, 4:22:14 PM