12/20の続きとして。
ついに、ついにこの時が来た!我はついに、現世に及ぼす力を得るのだ。
響の部屋の中央で我が為に設えられた祭壇に腰掛けながら、響が部屋中を彩るのを満悦しながら眺めていた。
「そのサイリウムは私に向けて三列に並べなさい」
我が命令すると、響は薄紫に光るぼんぼりを祭壇の脇に安置した。我の言葉は現代の絵師の描いたとされる|神雅嶺輝羅丸《こうがみねきらまる》という人物の言葉を借りて発せられる。さいりうむが何かはわからぬが、輝羅丸がそう認識しているなら、それが正しいのだろう。
「キラ様、これでよろしいでしょうか」
うむ、よいだろう。これで儀式の備えは済んだ。さあすぐに降誕の礼を…
「いいだろう。響、疲れが見える。少し休みなさい」
うおおい、我はそんなことは言っておらぬ。すぐに儀式を始めるのだ! 時折、己の意思と無関係の言葉が発せられることがある。我が顕現した元が輝羅丸とやらのアクリルスタンドだったのが原因なのか。それとも顕現の儀を行なった水沢響の輝羅丸への想いが人格に影響を持っているのか。いずれにしても厄介な状況だ。だがそれも、降誕の礼さえ成功すれば、解消されるはずだ。我はこの娘の霊格に直接指示を出せるようになる。
「待ちなさい!」
響の部屋の扉が開いた。見ると二人組の男が侵入してきている。
「何者だ! お嬢様に害を成すつもりか!」
まずい。この姿で他人に言葉を発してしまった。ん? これは私の言葉か? 響を気遣うような言葉が出ている。まあいい、この儀式さえ終わればすぐに追い払える。
「先輩、ちっこいのがしゃべってます」
二人組の片割れが言った。我を愚弄している。
「見てわかりませんか。あれが顕現した低級霊です」
白髪の男も我を侮辱する。誰が低級霊だと…。あ、此奴ら我が霊だとわかっているのか。
「え? 店員さん? どうしてここに…どうやって入ってきたんですか?」
響は動転しながらも常識的な指摘をしている。そうだ、娘の一人住まいに、不法侵入ってやつだろ。
「それより、この部屋はなんですか。推し活の域を超えていますよ」
そうだろう。我ながら素晴らしい神殿だと自負している。もっと讃えよ。
「私とお嬢様の愛の形に口を挟むな」
輝羅丸がなんか言ってるな。もうこいつに任せておけばいいか。
「キラ様。尊い」
「水沢響さん、あなたは騙されています。残念ですがそれはキラ様ではありません。それはあなたを食い物にする悪霊です!」
「嘘よ! 私はキラ様と毎日お話ししているの」
「そいつに貢いでも、あなたは幸せにはなれない!」
「あなたに何がわかるの? 私は、キラ様のために沢山与えてきた。戻ってこないってわかってた。それでも推せるだけで幸せだったの。そうしたらあるとき、私だけのキラ様が私の元に来てくれたのよ」
「その結果がこの有様ですか? 働いて稼いだお金を注ぎ込んで、食べることもままならず、自分の姿を見てご覧なさい」
娘がやつれていることなど知ったことではない。我にはその恩恵を受けるだけの価値がある。
「黙れ! 貴様はこの|娘《こ》に何をしてやれる。この娘を救えるのは私だけだ。私はこの娘だけの神なのだから。響! すぐに儀式を始めるぞ」
「は、はい!」
響は儀式に使う紅茶の入ったティーカップを祭壇に持ち上げる。
「人の信仰心につけ込んで己に貢がせる者など、神ではありません。それは俗欲にまみれた愚かな悪霊です」
小僧が、くだらぬ戯言で娘をたぶらかしおって。
「小僧! 娘が我の手の届く距離にあることを忘れるな。何か企むようならすぐにでも娘を…」
「響さん! 推し活は推す人の人生を豊かにするものです。あなたの生活を壊す行為を推し活とは呼びません」
ふと視界が昏くなる。現世の意識が、ぼんやりし始めた。ん? これは…、我とつながっている娘の信仰心が、薄れている?
「こんなつもりじゃ…。私は、ただ、推したいだけ、だったのに」
「推し活の鉄則を忘れないで。『推しは推せる時に推せ』そして『推しはあなたが推せる範囲で推せ!経済的に許す範囲で!』」
「働いても、家に帰っても、私は誰かの言いなりで…。もう、疲れた…」
まずい。響の心が…見えない。
「うるさいぞ小僧、もうこの娘の魂は、我の許に…」
バチッ
「そこの除霊師! いま響様の信仰心は薄れている。直ちにこの霊媒の封印を!」
な、言葉が勝手に…。それは我の言葉ではないぞ。輝羅丸め、裏切るのか!
「え? なにがどうなってんの?」
バカ面のガキは状況が読めていないらしい。
「おそらく響さんの魂が霊の束縛から解かれたのでしょう。そして何故か推しキャラである|神雅嶺輝羅丸《こうがみねきらまる》の人格が低級霊を押し退けて現れているようです。達彦くん、封印を行います」
「あ、はい!」
二人組は呪符を取り出し、霊力を飛ばして我と娘に貼り付けた。
「ふざけるな! 何百年待ったと思っている! 我はこの世に顕現するのだ…」
除霊師は聞く耳を持たずに封印の言を発する。
「汝、真言の声にて誓いを申せ。汝は神に連なる隠り世の御霊、なれば人の子に|仇成《あだな》すことあらず、人の子を護り行く末を案ずることに己が魂を費やすことを誓うか」
「誰がそんなことを…」
誓う…もの…かっ。あっ、やめろ、我の内から、貴様は…
「ちかい…誓います。私はお嬢様を必ず立派な姫君に…」
やめろ、貴様は何者なのだ。我の…言葉を…奪うな…
「立派な姫君に教育することを誓います!」
我の口から出た宣誓を除霊師が捉えると、それを縛って印を結び始めた。ふざけるな。ようやく、ここまで…。我はそこから力を失い、眠りに落ちていった。
1/5/2025, 2:18:22 AM