ちどり

Open App

放課後の教室。
外には青春の声が響き、建物内は静まり返った空気が流れる。

その空気を破るように、黒板の前で偉そうに講釈たれているのが一人。

その一人に向かい合うように座るのが3人。

彼らは現代人のための癒やし考えるためのクラブ、「現癒考倶楽部(げんゆこうくらぶ)」の活動の真っ最中だった。

名前がただ、目的から一文字ずつ取っただけじゃないか、とよく言われている。

名前などどうでもいいのだ。
活動自体が有意義であれば。

いつでもその門戸は開かれ、会員を募集している。

そして今日は『聴覚による癒やし』をテーマにしていた。

「日常の音…それは実のところ見逃されやすい音だ」

そう言いながら部長はチョークを手に取る。

服や布団が衣擦れる音
床を歩く音
襖を開け締めする音
緩やかな風に煽られて擦れる木々の音
などなど……

「よく耳を凝らして聞くか、静かな環境でなければ音がしていたことさえ忘れてしまう。」

部員は静かに聞いているものもいれば、ぼんやりと外を眺めているものもいる。

部長は彼らが聞いているかどうかはさて置き、引き続き語り始めた。

「車やテレビの音にかき消される事もあれば、聞き慣れすぎて聞き流している可能性もある。
それらの情報をいちいち受け取っていたら、脳も疲れてしまうだろう
それでも、実は癒やしの効果があるのではないだろうか」

先程羅列した音の種類の横に矢印を書き、『癒やし効果?』と書き込んだ。

先程から語っている内容からして、今日は

「聞き方は簡単だ。目をつむり聴覚に集中する。
人の活動が少ない、明け方や夜遅くが特に聞きやすい。

耳に入ってくる音だけに集中し、体の力を抜く。
そうするとどうだろう。微睡みと充実感を感じられる。

悦に入った様子で語る中、一番新顔の部員が手を挙げた。

「む、何だね。気になることが、あればいつでも発言すると良い」
「あの、癒やしなら猫カフェとかいかがですか?」

場の空気が凍りついた気がしたのは部長だけではないだろう。
一瞬ののち、部長は額に指をやり、深く溜息を吐いた。

「全く、君は…即物的な癒やしを求めるなど…当倶楽部の先達が聞いて嘆くぞ」

その言葉に疑いの目が集中する。

「……本当だ。当倶楽部は私の先輩の代から発足したものだ。三年生だった先輩は私に後を任せ、卒業していった。当時は…いや、この話はまた別の機会にしよう」

語り始めると長いことを知っている部員は、部長の英断にホッとする。
このままでは、学校の戸締まりのために警備員が出張ってくるまで語りだしそうだ。

「君はまだ入会して間もない。今回の発言は不問にしよう。……それはそうとして、猫カフェの癒やし効果もどれほどのものか、調査が必要だな」

至って真面目風に言っているが、部長はどこかソワソワしている。
そこへ、活動が始まってからずっとぼんやり外を眺めていた部員が手を挙げる。

「部長が猫カフェに行きたいだけでは?」

ぼんやり部員に図星を刺さされ、部長は狼狽えている。
発言を控えていた最後の一人は『あえて言わなかったのに』という顔だ。

「決して! 猫が見たいわけではなく!
今回のテーマは聴覚による癒やしだからな。猫が喉を鳴らす音も効果があるという。その効果を実際に体験しようというわけだ」

一息で話し合えると、咳払いを一つして
教卓に両手をつき前のめりになる。

「それでは諸君、今週末の予定を教えたまえ。今週末は『聴覚による癒やし』をテーマとした課外活動とする!」

結局、一人イキイキとした部長とやれやれといった様子の部員達の活動は、日が完全に落ちるまで続いた。



「耳に出し癒やしかな」
⊕耳を澄ますと

5/5/2024, 5:53:15 AM