『おはよ。今日は行けそう?』
チャットアプリを開く。通知を確認するついでに、長いこと会っていない幼馴染にメッセージを送る。数十分して学校に着いてからもう一度確認しても、既読はついていなかった。
教室の席、窓際の一番後ろ。そこがずっとアイツの席だった。どうせ登校してこないから、と班の人数を整えるために隅に追いやられている。回されたまま適当に机に放置されているプリントを引き出しにしまってやって、ずれた机列を整える。ここまでが、俺のモーニングルーティンだった。
いつも通り退屈な授業を受け、適当な飯友と昼を食べ、いつも通りだらだらと時間を過ごす。気付けば夕方になり、下校のチャイムが鳴り響いていた。アイツの机からプリントを回収して封筒に詰めてやる。少し前までアイツと歩いていた下校道を、一人自転車を転がして帰った。
アイツの家に着いて、インターホンを押す。いつも通り、アイツの母親が出る……と、思っていた。いつまで経っても誰も出てこなくて、しびれを切らした俺は玄関のドアを無遠慮に開いた。幼馴染故の遠慮の無さか、或いは行き慣れすぎて第二実家感覚なのか。普段は人の目を気にする俺も、コイツの家でだけは自宅のような態度を取れた。
家の中はやけに静まり返っていて、やけにバタバタしていた。俺のインターホンにも気付かないくらい忙しいらしい。見覚えのある顔の中に、何人か全く知らない顔があった。アイツの母親や祖母に加えて、この時間ならまだ会社に居るはずの父親や普段は部屋から出てこない祖父まで揃っていた。只事では無い。肌でそれを感じた。
しばらく呆然としていたが、我に返って目の前を通りかかったアイツの母さんに話しかける。普通に声をかけただけなのに、酷く驚いて狼狽えていた。俺が入ってきていたことにも気付かなかったらしく、何があったか聞いても曖昧な笑みではぐらかされた。その笑みが引きつっていたように見えて、詳しく聞こうとしたその時だった。見覚えの無い男が、アイツの母さんに話しかけた。
「それで、ご遺体の方ですが……」
時が止まった。遺体?遺体って、死んだ人の、体?誰の?頭が疑問符で埋め尽くされる。この場に居ないアイツの親族はただ一人。アイツ自身だけだった。
線香の匂い、壁にかかった鯨幕、右から左に流れていく読経。頭の処理が追いつかないまま、時間だけが経ってしまった。自殺だったらしい。手首を切って失血死だそうだ。棺桶で眠るアイツの顔は、血色を失った顔色を隠すためか化粧がされていた。最期の対面の時、こっそりアイツに似合わないような真っ赤な口紅を拭った。アイツに、こんな色は似合わない。指先に付いた紅を、アイツが似合いそうだと言った俺に代わりに付けた。
あれから、俺のモーニングルーティンは少しだけ変わった。学校に行ってもプリントの整理をしなくなったし、帰る前に机からプリントを取り出すこともなくなった。代わりに、通学路のルートが少し変わった。アイツに毎日手を合わせるようになった。そして。
『行って来る。待ってて。』
相変わらず既読のつかないチャットルームに、そんなことを打ち込むようになった。でも。
既読がつかないか授業中にこっそり確認して先生に怒られるのだけは、変わりそうになかった。
テーマ:既読がつかないメッセージ
9/21/2025, 6:03:40 AM