SHADOW

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失われた時間

 俺は雨が降る中、とある墓地に歩みを寄せていた。
彼女の所に着くまで、彼女との想い出を振り返る。
彼女は病弱だった。
しかし、生きようとする姿がとても美しかった。
運命には逆らえないが、儚くも生きたいと思う心は言葉に表せられないほど、
美しく綺麗なものだった。
触れてしまえば、壊れてしまいそうな瞳は、誰のことを映し出していたのだろうか。
それが俺だったらよかったのにな。
今になって気になっても、
彼女はもう覚める事はない。
想い出に浸っていると、彼女が眠る場所に着いた。
俺は持っていた、紫色のクロッカスと赤いアネモネの花束を置いて、手を合わす。
毎年彼女の命日には訪れる。彼女の声は聞こえないけれど...
なんとなく彼女が傍に居る様な感覚がする。
「なぁ…お前がいなくなってから…
もう10年の時が経つ。俺はお前がいなくなって、生きる気力が無くなりかけている。お前がいなくなってから、俺の中の時間は止まっているようだ。だが、時と言うものは残酷で、止まっている様に感じさせて、本当は失わさせているんだ。まぁ…お前には難しいだろうがな…。」
そう言いながら、そっと墓石を撫でる。
嗚呼…
もうお前に触れる事ができなくて、寂しいな。
俺もそろそろ其方に逝きたいな…。
そう思っても、お前は『まだ早いよ』なんて言うだろうな。
俺は立ち上がり、彼女に言う。
「まだ其方には、行けないみたいだ。もし行ける様になったら、迎えに来てくれよな…。」
そう言って墓地を後にした。

《貴方の事愛していますよ》


紫のクロッカス:“愛したことを後悔する”
赤いアネモネ :“君を愛す”

5/13/2024, 11:52:25 AM