へるめす

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大掴みに言って、六畳ほどの広さだろうか。ともすれば恐怖すら覚えるだけの静けさが四囲に鏤められている。
きっと、保って一日だね。彼女は僕の方を振り向いてそう言った。少なくとも、もうお風呂場は使えなさそうだね。小さな懐中電灯の光が僕の方を向く。
異変が起きたのは、およそ2週間前のことだった。GPSや気象衛星が使えなくなったというニュースが最初だったはずで、それから時日を遡ってみれば、地球の外に放たれた探査衛星がいずれも消失していたということが判ったことが報じられた。
結論から言ってしまえば、あらゆる事象は世界が急速に消失しているという見解を支持するものであった。そして、今では僕の住むアパートの、この六畳と少しの空間が残されているばかりとなった――次いでに言えば、残る人類は僕と、たまたま遊びに来ていた彼女とたった二人きりとなった――或いはまだらに消えていく世界の何処かに、同じように生き延びている誰かが居るのかもしれないけれど。
カーテンを開ければ、夜より暗い全くの闇が広がっている。彼女の言った通り、きっと世界は――言い換えるなら僕達二人の世界は、明日にでも消えて無くなるだろう。
退屈紛れだろう、モバイルバッテリーにスマートフォンを接続して何か操作していた彼女は、突然、大きな声を上げた。オーダー通った!勢いよく画面を僕の眼前に持って来た。見れば、確かにラーメン二杯の注文がお届け中となっている。携帯の電波なんて先週来なくなったのに不思議なこともあるもんだね。こんな状況であっても彼女はいつも通り楽天家の顔を見せていた。
僕の不安の只中に突如湧いた安心感は、穏やかに瞼を重くさせた。僕は大きく息を吐くと、そのまま静かに眠りを待った。この二、三日、まともな食事など採っていない。今すぐにでもラーメンが届いて、彼女と二人で食べられるならどんなにか幸せだろう。
元より暗い室内に更なる帷を下ろすと、二人の呼吸だけが生命を感じさせる。どれくらい経ったのだろう。僕達の気怠い眠りを遮ったのは、誰かがドアをノックする音だった。


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明日世界がなくなるとしたら、何を願おう。

5/6/2023, 6:38:56 PM