いろ

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【君の目を見つめると】

 放課後の図書館。静寂に包まれた閲覧室には夕日が淡く差し込み、世界が優しい橙色に染まっている。
 君と隣り合わせの席で、互いに本のページを無言でめくるこの時間が、何よりも好きだ。君の温度を、君の息遣いを、肌に感じながら、黄ばんだページに印刷された文字を追っていく。そんなたわいない時間が、この上もなく幸福で。
 とんとんと軽く、君の指先が私の腕をつつく。目線を上げればすぐ近くに、君の顔があった。
「次の本、取ってくるね」
 囁くような音量で微笑んだ君の瞳が、傾いた陽光に照らされて美しく輝いている。そこに映り込んだ私の眼差しは、それはもう柔らかに蕩けていた。
 君の目を見つめると、いつも実感させられる。君の前にいると、自分の表情がどれだけ甘ったるくなるか。自分がどれだけ、君を愛おしく思ってしまっているか。
「うん、いってらっしゃい」
 君はいったい、こんな私をどう思っているんだろう。それを確かめることは怖くて、どうしてもできなかった。だから私はいつも通り、小さく手を振って君を送り出す。
 変わらない毎日。変わらない幸せ。まだもう少しだけ、このぬるま湯に浸っていたい。そう願って、私はただ自分の手元の本へと視線を戻した。

4/6/2023, 12:08:36 PM