一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・未練がましい

「だからね……ーー」
 彼女が言いにくそうに僕から顔を背けたので、僕も天を見上げた。
 薄曇りの雲が、空の高さの限界を作るように広がっている。
 どうして僕らはこんなところにいるんだっけ? 
 そうだ、思い出した。僕は彼女とデート中で、手を繋いで公園を歩いてたんだっけ。これからどうするって相談したら、彼女はいきなり手を振りほどいて話し始めたんだった。
「私、もう貴方とは……ーー」
 彼女は、途切れ途切れに話し続けている。僕は依然として空を仰いでいる。きっと彼女も僕を見ていないのだろう。言葉はコミュニケーション手段の一環だが、果たして今の状況もそう言えるのだろうか? 
 僕たちの隣を、学生たちが通り過ぎていった。別れ話かな? 彼らのヒソヒソ声が僕に現実を突きつける。
「今日で終わりにしたいの……」
 それまでの言いにくそうな様子を吹っ切るように彼女は宣言した。まるで学生たちに後押しされたように。
 僕は相変わらず彼女に向かい合えない。雲ばかりの空に起死回生の気配を探す。
 雲の隙間に鳥が見えた。それを指さす。
「ねぇ、あれ、渡り鳥かな?」
 彼女のため息と、遠ざかる足音がした。

テーマ; 渡り鳥

5/29/2025, 2:11:18 PM