ぴちゃんと額に水滴が落ちた感触がして、フィオは目を覚ました。起きたばかりだというのに、心臓がばくばくと早鐘を打っている。憶えていないけれど、悪い夢でも見ていたのかもしれない。
そう、それは例えば――彼がいなくなる夢、とか。
そんなはずはない。フィオは頭を振って、脳裏に過ぎった考えを打ち消そうとした。深呼吸をすると、意を決して横を向く。そこには、まだ寝ているはずの彼が――いなかった。
もっと動悸が激しくなってきた。かっと体が熱くなってくる。それなのに背筋は反比例するかのように凍りついて、それでいて冷や汗が伝っていく。
鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が、フィオに降りかかってくる。何も考えられない。考えたくない。じんわりと視界が滲んできたので、フィオは天を仰いだ。目に入るのは洞窟の天井。垂れ下がる鍾乳石からしずくがぽつりぽつりと滴り落ちているのが見えた。
フィオの目尻に大粒の涙が溜まっていく。ついには頬を伝ってぽとぽとと下に落ちていった。
諦めたようにフィオは俯いた。顔を両手で覆って、しくしくと泣きだした。
「――おい、何してんだよ」
泣き濡れた顔を上げて、フィオは声のした方へと目を向けた。洞窟の入口の方に呆れたような表情をした彼が立っている。彼は彼女の返事を待つことなく、中へと入って、こちらの方へとやってくる。
「何で泣いてんの?」
泣きじゃくるフィオの隣にどっかと腰を下ろすと、彼はフィオの顔を覆う彼女の片腕を掴んだ。放して、と小さな声でフィオが懇願したが、彼の耳には届いていないようだ。見える顔の半分は涙に濡れていて、まだ止め処なく溢れているようだ。
フィオはせめてもの抵抗だと、そっぽを向いた。唇をへの字にして、ぽつりとつぶやく。
「……だって、目が覚めたら、しーちゃんがいなかったからっ……」
これ見よがしな大きな溜息が聞こえる。
「あのなぁ、今、外の時間で言うと正午なのわかってる? フツーの奴なら起きるだろ。お前が寝過ぎなんだよ」
「……しーちゃんがわたしのこと置いて、どこかにいっちゃったんじゃないかって……」
再び大きな溜息が聞こえた。と思いきや、ぐいっと掴まれていた腕を引っ張られて、フィオは体勢を崩した。地面に向かって倒れ込みそうになったところを、彼が抱き留めた。
「お前を置いて、どっかに行くわけねーだろ」
フィオは彼を見上げる格好になった。自分を見下ろす彼は、相変わらず呆れたような表情をしていたが、彼女と目が合ったとき、にっと笑った。その笑顔に頼もしさを感じて、フィオは彼に抱きついた。
12/11/2023, 7:12:40 PM