【些細なことでも】
眉間のシワの深さ、1時間あたりのため息の回数、コーヒーに入れる砂糖の数。ひとつひとつは小さなことだけど、その全てを観察して統合し、私はキーボードの上を走る君の手を横から強引に掴んだ。
「はい、今日はここまでね」
「え。いや、でも締め切りが……」
「君のことだから、どうせ三日前に余裕を持って終わらせようとかしてるんでしょ。何度も言ってると思うけど、締め切りっていうのは当日中に間に合えば良いの」
まったく、ワーカーホリックにも程がある。どこからどう見ても脳が限界を訴えているんだから、とっとと休めば良いのに。目を離すとすぐに自分で自分を追い込んでしまう君には呆れてしまうけれど、そんな君をいつまでも見捨てられない私の性分も大概だった。
「ほら、お風呂沸かしてあるから入っておいで」
勝手に上書き保存をし、ノートパソコンをばたんと閉じる。そこまでしてやればようやく、君は小さく頷いてのろのろと立ち上がった。
締め切り付近じゃなければ頼りになる人なんだけど、この時期だけは本当にダメだ。一人にしておいたら三日で倒れてる気がする。
だから私はどんな些細なことでも、君の体の悲鳴は絶対に聞き逃さない。まずそうな時は無理矢理にでも休ませてあげるんだって決めている。いつもは君に助けられてばかりの私が、たった一つ君にしてあげられることだから。
さて、君がお風呂に入っている間に、アロマを焚いてハーブティーを入れておこう。湯船で撃沈されてても困るから、10分経ったら声だけかけに行って。
君を穏やかな眠りに導くための手順を頭の中で考えながら、私は並んだアロマオイルの中から君が一番気に入っているラベンダーの香りのものを手に取った。
9/3/2023, 9:58:07 PM