優越感、劣等感
日曜日は町のお祭りがある。夏祭りだ。
自宅の隣は県内でも有数の大神宮だ。参道には朝から夜中までずらりと屋台が並ぶ。
子供神輿が町を回ったあと、神主が祭礼用の刀を祀り、皆が頭を下げて祈祷する。少子化のこの時代でも、なかなかの規模の祭りだ。
土曜の午後は部活がある。だから、こんなにも早く帰宅した僕に、はやいね、どうしたの、と母が声をかけてきた。僕は、別に、とだけ言って自転車用のヘルメットと竹刀袋を腕に抱えて洗面所に入った。
顔を洗った。何度も洗った。丁寧に洗いたかったが、手が震えていたので上手くは出来なかった。
鏡を見る。
なんとまあ、醜い顔なのだろう。目は細く頬はニキビだらけ。顎は片方だけ出っ張っていていびつな輪郭。醜貌そのもの。自分の心の醜さは、この見た目のせいに違いない。
だが、それも今日で終り。
子供の頃から、隣の神社は遊び場だ。どこに何があるかも熟知していた。
もちろん、祭事の刀の保管場所も。
持ってきたヘルメットに手を伸ばす。ぐっと力を込めて中身を引き出す。
眉目秀麗。学校いちの人気者。絵に描いたような優等生。その頭部。
血で汚れた彼の顔を水で洗う。タオルで拭いたあとじっと見てみた。
美しい。間違いなくイケメンだ。こんな顔で生きていけたらどんなにか幸せだろう。明日のお祭りも、今までで1番楽しいだろうな。
僕はワクワクしながら、竹刀袋から血まみれの刀を取り出し、自分の首にあてた。
さっさと取り替えよう。コンナ顔。今日から僕はイケメンだ。
力を込めて一気に振り切る。
頭は……。彼の頭はどこだ。早くくっつけないと。手探りで必死に手を伸ばす。
あ、これかな。手にあたったものを確かめる。
よし、これだ。この美しい顔。新しい僕の顔だ。
あ、あれ?自分で自分の顔って見えるんだっけ?
そんなことを思いながら、静かに目を閉じた。
7/13/2024, 1:48:48 PM