かたいなか

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「桜肉は馬肉、桜桃と書いてさくらんぼ、桜鯛は産卵期を迎えた真鯛、あるいはスズキ目ハタ科の別の魚。警察のエンブレムは桜の代紋。
まぁまぁ、『桜』以外のハナシも書けるわな」

いつぞやは「桜散る」なるお題が来ていた。
某所在住物書きは桜と柚子の台湾茶を飲みながら、過去投稿分をスワイプ、スワイプ。
花と食い物のネタをよく投稿する物書きは、これまで何度か桜を書いてきた。

たとえば桜の塩漬け。たとえば桜吹雪を流れ星に見立てた「流れ星に願いを」のお題。
同じバラ科ではリンゴの花も書いた気がする。
「だいぶ書き尽くした感は、まぁ、まぁ……」
来年は桜肉をネタにするかもしれない。

――――――

ふぁんたじーで非科学的。
たった1回しか花を付けず、その1回きりで枯れてしまう、不思議な不思議な、稲荷神社の桜のおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。深めで不思議な森の中の、不思議な不思議な稲荷神社に、ソメイヨシノでも八重桜でもない桜が1本、ぼっちで美しく咲いておりまして、
それはシモジモの人間には、「夢見桜」とか、「ぼっち桜」とかいう名前で紹介されておりますが、
実はこの桜、人間には知られていない、この神社に住まう稲荷狐だけが知っている秘密があるのです。

「名付けの桜」です。

「さかない。まださかない」
名付けの桜は樹齢不明。神社に子狐が生まれるたびに、親木であるところの「夢見桜」から、
挿し木して、お世話して、生まれた頭数分、大事にだいじに、育てるのです。
「まだ、まだ、さかないなぁ」

咲かない。まだ咲かない。
稲荷神社に住まう末っ子子狐が、今日も自分の「桜」――葉も花も無い夢見桜の子木を見ながら、
ぴたん、パタン。 ぴたん、パタン。
小ちゃい尻尾を、揺らしています。
しばらくするとコンコン子狐、自分の桜の木のまわりを、くるくるくる、歩いてまわり始めました。

大きな大きな夢見桜の、挿し木された子供の枝は、
「名付けの時」まで、葉っぱも、花も、なんにも出しませんし、なんにも咲かせません。
自分に対応した子狐に「名付けの時」が訪れると、名付けの桜の子木は夏だろうと、冬だろうと、
美しい花を一夜で咲かせ、たった5日で全部散り、
そしてたちまち根本から、枯れてしまうのです。

「名付けの時」とは何でしょう?
それは神社に生まれた子狐が、一生懸命修行して、
稲荷神社の神様から頑張りを認められて、
ご褒美に、「稲荷の御狐」としての名前が、その子狐に与えられる時のこと。
その子狐が御狐として、稲荷の神様に気に入ってもらえたことを告げる、その時のことなのです。

名付けの時を知らせる、名付け桜の子木の寿命は、
その子狐が名前を授かるまでの数年、十数年。
親木の寿命は不明なくらい、大きな大きな桜ですが、その枝はとっても短命で、一度花を咲かすと夢のように、すぐに散って枯れるのです。

だからこそ「夢見桜」。
だからこそ「名付けの桜」なのです。

「さかない。さかない」
くるくるくる、くるくるくる。
末っ子子狐が生まれたときに挿し木された「夢見桜」の枝、「名付けの桜」は、まだ咲きません。
「キツネのなまえ、まだ、もらえない」
くるくるくる、くるくるくる。
名前を貰えない子狐は、善き化け狐、偉大な御狐になるための、長いながい修行の途中。

稲荷のご利益ゆたかなお餅を作って売って、
人間と人間の世界をよくよく勉強して、
狐の秘術を使いこなせるようになったその時こそ、
稲荷神社の神様は末っ子子狐を「御狐」と認めて、
子狐に御狐としての名前を授けるのです。
子狐の名付けの桜が、最初で最後の美しい花を、たった5日だけ咲かすのです。

「どんななまえ、もらえるのかな」
待っていても、回ってみても、桜はちっとも、花を咲かせません。葉っぱも出しません。
退屈になった子狐は、すっかり興味を失って、明日売る分のお餅の仕込みに向かいます。
「たのしみだな。たのしみだなぁ」

子狐の修行は、道なかば。
いつ修行の成果が認められて、「名付けの桜」が開花するかは、今後配信されるお題次第。
しゃーない、しゃーない。

4/5/2025, 3:00:03 AM