300字小説
破顔一笑
一度だけ星が溢れる空を見たことがある。
仕事も家庭も何か嫌になって半分自暴自棄で山に登った夜。木の上から声を掛けられた。
『溢れる星の数ほど苦悩はある。だから我慢せいとは言わん。ただ、夜風に乗るほど呼ぶ声が聞こえるうちは、己を大切にしてやれ』
そうしみじみと言われ、太い腕に抱えられて飛んだ夜空。零れんばかりの星を見た後、気が付くと私は妻の腕に抱かれ、息子と娘に泣きながらしがみつかれていた。その後、転職し、そして今、孫を膝にのんびりと春の日差しの当たる縁側に座っている。
「あのとき救ってくれてありがとう」
春風に礼を乗せる。バサリ。何処からか大きな鳥の羽ばたきが聞こえた後、嬉しげな笑い声が淡い空に響いた。
お題「星が溢れる」
3/15/2024, 12:46:04 PM