真夏の記憶
私の頭はおかしくなった、ってみんな言うんです。
かわいそうに幻を見たんだろうって。
きっと暑さで頭がやられちゃったんだねって。
だけどあの日。あの夏の一番暑い日、私は確かに見たんです。
ーーじゃあね、またね。
あなたは笑っていました。
みんな、あなたが海に落ちたと言いました。
あなたは何もかも嫌になって、疲れてしまったのだろうと。
でも、私は違うって知っています。
あなたは海に落ちたんじゃない。帰ったんです。
青い水の中に吸い込まれていったあなたを、私は見ていたんです。
波飛沫の合間に、私が見たのは、美しく光る緑色の鱗と、しなやかに揺れる尾ビレでした。
あれが、あなたの本当の姿だったんですね。
私、しばらく声も出せずに見惚れていたんですよ。
本当のあなたがあんまり美しかったから。
今でも夢にみるほどです。息をするのも忘れるほど綺麗だった。
あなたはまだ、この海のどこかで泳いでいるのでしょう。果てしなく広がる青い海のどこかで。
潮風に吹かれながら目を閉じれば、青いきらめきの中で優雅に泳ぐあなたが、頭に浮かびます。
あなたは、じゃあね、またねと私に微笑んでくれた時と同じ優しい顔で、緑の鱗を輝かせます。
近頃、よく思い出すんです。
あなたが海に帰ったあの夏のこと。
息苦しいほどの暑さと、胸に迫る海の青。
お母さん。そろそろ私も、海に帰る日が近づいているようです。
8/12/2025, 12:57:32 PM