【麦わら帽子】
カタカタと音を立てながら、ミシンが麦わら帽子を編み上げていく。足元のペダルで器用にミシンを制御する君の横顔は真剣そのもので、私はその様を眺めているのが大好きだった。
一度だけミシンを触らせてもらったことがあるけれど、麦で作られた紐はすぐに波打ってしまって、平面に縫うことすら難しかった。模様まで織り込む精緻な編み込みができる君の腕前の高さを実感したことをよく覚えている。
集中している君に話しかけても無駄だ。周囲の音なんて何一つ入っていない。だから私は勝手にお茶を淹れて、畑から刈ってきた向日葵を勝手に牛乳瓶へと飾る。家の中だけど帽子は被ったままで、手元の文庫本を開いた。
小気味の良いミシンの音を聞きながら、本のページをめくる。太陽が西の空へと沈む頃になって、ようやく規則的な機械音がぷつりと止まった。
「あれ、来てたんだ」
「うん、勝手にお邪魔してます」
完成したらしい麦わら帽子が、作業台に並んでいる。君の作る麦わら帽子はあまりに美しくて、まるで芸術作品みたいだ。色濃い麦の香りが、気持ちを優しくほどいてくれる。
「良かった、ちゃんと似合ってるね」
私のかぶった麦わら帽子を見て、君は安心したように笑った。前に作ってもらったものは実用性を重視していたから、少しおしゃれなものも欲しいのだとねだって、オーダーメイドしてもらった特別な帽子。適当なものでも良かったのに、せっかくなら一番似合うものにしたいからといくつも作り直してくれた。
「ねえ、今から帝都まで行って、夕食にしない?」
こうして君を誘うために、今日はこの作業小屋を訪れた。職人気質な君は嫌な顔をするんじゃないかって、ドキドキと心臓がうるさい。
君の作ってくれた麦わら帽子が一番美しく引き立つように、髪型も洋服も一生懸命選んだのだ。君の横で、帝都の人々に自慢したい。私の幼馴染が作る麦わら帽子は、こんなにも素晴らしいのだと。
ぱちりと君の瞳が瞬く。そうして君は私の頭へと手を伸ばした。少しだけ曲がってしまっていたらしいリボンの角度を直し、満足そうに頷く。
「良いよ、行こうか。着替えてくるから待ってて」
「うん、待ってるね!」
弾む声で応じた。君と二人で帝都へ出かけるのなんていつ以来だろう。生まれは帝都なのだという君は、あの華やかな街があまり好きではないらしい。それでも数年に一度、こうして私が誘えばいつだって断りはしなかった。
きっと君は、私に甘い。でも私だって、君以外の人を夕食へ誘おうとは思わないし、君以外の作った帽子をかぶるつもりもないのだから、お互い様というやつだ。
麦わら帽子の編み込みを指先でなぞり、私は思わずくすりと微笑んだ。
8/11/2023, 9:32:44 PM