KINO

Open App

『影絵』

 私には妹が一人いる。

 名前は苺《いちご》。可愛くて、家事や勉強も人並み以上に出来てコミュ力もある。明るい良い子。

 なのに姉の私は暗くて、口数が少なく社交性なんて皆無の女。取り柄と言えるものも一つしかない。

 そんな私が姉でも苺はずっと笑顔を向けてくれて、慕ってくれた。

 ある日、私は誓った。せめて苺が隣にいる時は迷惑をかけないように笑顔でいようと。

 その日から私は変えた。学校でも誰と会うにも苺がいる時は笑顔で、いない時はいつも通りの無表情。

 取り繕った笑顔すらも不気味だったらしい私は気味悪がられ、対する苺は天性の社交性と愛される性格で様々な人に好かれていった。

 そこで私に付けられたあだ名は太陽のように明るい苺の影、そして絵のような感情がなく不気味な笑顔を浮かべ続ける私、影と絵を足して『影絵女《かげえおんな》』と言うらしい。

 そのあだ名を言われた時に隣にいた苺は怒ってくれたけれど、私が止めた。

 だってそんなやつら、相手にするのも馬鹿馬鹿しいでしょ? それに、黙らせることすらいつでも出来る弱者達だもの。私は雑魚どもが大嫌いなの。

 私が好きなのは苺と、強いと認めた者だけ。

「鏡花《きょうか》姉様!」

 深夜、月光の下でベランダにある椅子に座り過去について物思いに耽っていた時、愛しの妹の声がした。

 何故か『玲瓏《れいろう》』と大きくかかれたTシャツを着ている。それは昔から苺が好きな言葉だった。

「どうしたの、苺? 今日は起きるのが早いのね」

「そうなんです! だって姉様はもう仕事に行ってしまわれるのでしょう? 行ってらっしゃいと言いたくて!」

「そう。ありがとう、苺」

 私は目の前の小さめなテーブルに置いてあるカップを手に取り、残りのコーヒーを飲み干す。

「今日はどう言ったお仕事なのでしょうか?!」

「清掃ね。簡単な掃除よ。すぐに帰ってくるから」

「わかりました! 一応ご飯を作っておくので気が向いたら食べてくださいね! 家事は全て私がやりますのでそこもご安心を!」

「ええ、ありがとう。いつも助かっているわ」

「こちらこそありがとう御座います、姉様! 姉様がお金を稼いでくれるお陰で、そして一緒にいてくれて幸せです!」

「私も幸せよ。じゃあ、行ってきます」

「はい!」

 明るい笑顔に見送られ、私は自宅の扉を閉じた。

 夜という影を纏っている街を歩き出す。仕事は大体この時間に来る。

 タイミングが良いというべきか、ピリリリ、と着信音が鳴る。それに出ると、男の声が耳を通った。

「凶華《きょうか》、依頼だ。場所は——」

 依頼だけ聞き、すぐに通話を切って目的地へ向かう。

 仕事内容は清掃だ。……そう、清掃。弱者の、ね。

 ある建物の前で立ち止まり、地面を蹴り上げて飛び三階の窓を突き破って中へ入る。

「……は? だ、誰だ——」

 汚らわしい音を出す喉をナイフで掻き切り、標的の近くにいた弱者どもを全て殺す。

「お、おお、お前は——」

「黙れ」

 弱者の声を聞くたびに苛々する。命乞いをするやつらに吐き気を催す。死に際で泣き喚き、最期まで抵抗しない奴らを心底軽蔑する。

 そいつらを見ていると、昔の何も出来ない自分を受け入れ、虐めなどを許容していた弱者《わたし》と重ねてしまうから。

「ま、待て! どうせ金だろ?! そこの金庫に十億入ってる! それはナイフ程度じゃ傷すらも付けられないものだ! 俺を見逃したらパスワードを教えてやる!」

「まずはパスワードを教えなさい。確認できたら見逃すわ。教えなかったらすぐに殺す」

「……本当だな?」

「ええ、約束は違えないわ」

 そして男は15桁ほどのパスワードを呟き、私はその金庫が開いたのを確認し、また男に近づく。

「な、なんだ? もうパスワードは教えただろ!」

「約束を守るなんて思っていたの? 本当に弱者は浅はかで救いようのないゴミしかいないのね」

 右手で握っているナイフで男を裂き、返り血がスーツに付く。

 その薄汚いゴミが撒き散らした血に対する苛つきを抑えながら予備で持っていた鞄に金を詰める。ゴミどもの所有物だったとしても利用出来るのならする。それが私だ。

 私の取り柄。それは裏社会で生き抜く才能、であると前に先輩から言われた。先程詳細な依頼の連絡をしてきた男が先輩だ。

 その時、狙ったかのようにまたスマホが鳴った。

「凶華、依頼は終わったな」

「まだ終わっていなかったらどうするのですか。私が死ぬかもしれないのですよ」

「お前は死なねぇよ。なんたって裏社会ではその名を知らない者はいない『影絵ちゃん』——」

「殺しますよ、先輩」

「ごめんて。お前が言うと冗談に聞こえねぇからやめてくれ。でも他の奴らが言ってる裏社会の神、『影の神像』も嫌なんだろ?」

 その二つ名は聞くたびに恥ずかしくなる。最初に言ったやつも広めたやつも殺したいくらいだ。私は厨二病じゃない。

「勿論。絶対にやめてください」

「なら『影の神像』を紫《むらさき》ちゃんが可愛く言い換えた『影絵ちゃん』でどうだ? ……くく、本当に傑作だよな」

「紫さんも先輩も次会った時覚悟してくださいね」

 表でも言われている名を何故先輩達にも言われなければならないのだ。しかも確実に馬鹿にしているし。

「ごめんごめん。それで本題なんだが、後で紫と叶《かな》と一緒に四人で飯行かないか?」

「一時間後なら空いています。それより前は妹が寝ていないと思うので無理です」

「わかった。んじゃ、一時間後に」

 通話が切れる。それと同時にため息も出た。

 影の神像は勿論却下。だからと言って影絵も許容したくない。影絵は過去の私のあだ名だから。まあ現在もかはわからないけど。

 いや、まずは家に帰って準備をしなければ。血塗れのスーツで居酒屋なんて行けるわけないし。

 私は裏社会での信条を呟き、自宅へ歩みを進める。

「弱者血戮《じゃくしゃけつりく》、強者玲瓏《きょうしゃれいろう》」


 

4/20/2025, 8:56:59 AM