今宵

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『届かぬ思い』


「話があるんだけど……」
 学校からの帰り道。そう切り出された時、ドキッとした。
 さっきまでいつも通りの何気ない会話だったのに、今は打って変わって真剣な眼差しを歩幅の少し先に向けている。
「え、どうしたの急に」
 上ずった声が出る。動揺を悟られまいと、語尾に明るさを意識する。
「優香ってさ──好きな人、いる?」
 さり気なく横目でこっちを見るような視線を感じた。
 私は気づかないふりをしながら平然と答える。
「う〜ん。どうかな」
 それって、どういう意味? 本当はそう聞きたかった。でも聞けなかった。
 風が吹いて、嗅ぎなれた香りが鼻をかすめた。柔軟剤の優しい匂い。前になんていう柔軟剤かと尋ねてみたけど、今度家で確かめてくると言われてそれきりだ。
 私の答えが曖昧だったからか、沈黙の時間が過ぎる。
 それに我慢できず、私は隣を見上げた。すらっと高い身長、制服から伸びる細くてしなやかな腕、黒髪はいつ見てもサラサラで私の天パとは大違い。いや、違うのは髪だけじゃなくて。身長も低く、どちらかというと肉付きのいい、全体的にまるっこい私の体型とはすべてが大違いだ。
 そんなだから、時々、隣に並んでいるのが恥ずかしくなってしまう。
 私は視線を前に戻して、さっきの言葉を頭の中で繰り返した。──好きな人。
 その質問とよそよそしい態度で分かった。きっと今好きな人がいるんだろうなと。
 違うと分かっているのに、そんなことありえないと分かっているのに、どうしても心がもしかして──と期待してしまう。
 だが、それと同時に不安や恐れのようなざわざわとした感情が心の内側を這い上がってくる。私はきっと、この思いを伝えることもできぬまま、どこか誰にも見つからない場所にこれをしまわなければいけないのだ。

「好きな人がいる」
 ようやく呟かれたその言葉が、一瞬知らない言葉のように思えて、でもその文字の羅列が何度も頭をめぐるうちに、やっと意味が私の中に入ってきた。
 私は静かに頷く。ただ黙って前を向いたまま。

「────」
 叶うならば、耳を塞いでしまいたかった。次に続く言葉なんて、本当は聞きたくなかった。
 心が思考回路を閉ざしてしまったかのように、頭がぼーっとしていく。
 何で私じゃないの? そう言いたかった。
 もしあなたが──、もしあなたがあなたじゃなかったら。
 それとも、もし私が私じゃなかったら。
 もしあなたと私が異性に生まれていたなら、私はあなたに言えたのだろうか。あなたに思いを告げられただろうか。

 いつの間にか好きだった。これは本当にただの友達としての感情なのかと一度自分を疑ってしまうと、根拠はなくとも、そうじゃないという気がしてならなかった。何度否定しても、どうしようもなかった。
 いっそ伝えてしまいたいと思ったことも一度や二度じゃない。でもいつもそこには大きな壁があって、私達は友達だったし、親友だったし、そして何より同じ性別を生きていた。
 一緒にいるとこのひた隠しにしてる思いがバレてしまいそうで、でも隣で笑っていられる時間が何よりも幸せで。この時間が永遠になれと心の底から何度も何度も願った。
 それと同時に、ほんの一瞬、私に向けるあなたの笑顔に胸がぎゅっと痛んだ。罪悪感だったと思う。友達に向ける純粋な笑顔に、愛情を探してしまう不純な私の罪悪感。

 無意識にちょっとだけ隣との距離が開いた。
 私はできる限りの笑顔を作って、そして彼女の方に向ける。
「私、応援してるから。私、美月のこと、ずっと大好きだから」
 これが私にできる精一杯の伝え方だった。
 きっと届くことのない私の最初で最後の告白。

「ありがとう」という彼女の笑顔は、今にも張り裂けてしまいそうな痛みとともに私の心に刻まれた。
 この傷はこの先癒えたとしても、その傷跡はきっとずっと消えることはないのだろう。

4/15/2024, 6:47:45 PM