『贈り物の中身』
「ちょっとお話があります」
かしこまった彼女の態度と前置きに、心臓は潰れ、胃は捩れた。
あれ?
俺、なんかした……?
理由を聞く間も与えてくれず、彼女はローテーブルに視線をやった。
暗に座れと命じた彼女におとなしく従う。
座椅子の上に正座をした俺に浅くうなずいた彼女は、無言のままリビングを出た。
え!?
ホントになんなんだっ!?
怒らせたのか、軽蔑されたのか、幻滅されたのか、彼女の表情からはなにも読み取ることはできなかった。
確実に言えることは、楽しい話題ではなさそうだ、ということである。
師走という時期は、彼女の纏う空気をいつも以上にピリつかせた。
ま、まさか離婚っ!?
こんなにも彼女のことを愛しているのに、離婚とか絶対に無理!!
いても立ってもいられず立ち上がろうとしたとき、彼女がリビングに戻ってきた。
手には小さな赤い紙袋を持っている。
「はい、これ」
彼女はその赤い紙袋を静かにローテーブルの上に置いた。
「あげる」
「え?」
表情も抑揚も冷めたままだったが、思わぬ切り口に思考が止まる。
俺の前に置かれた紙袋に目を移した瞬間、ヒュッと喉が鳴った。
俺でも知っている有名な時計ブランドのロゴが入っているからである。
「少し早いけどクリスマス兼、誕生日プレゼント」
「はい?」
って、え、プレゼント?
耳を疑って顔を上げれば、瑠璃色の瞳が厳酷な北極海よりも暗かった。
怒りにまかせて放つべきセリフではない。
「こ、……っれが!?」
ま、まさか手切れ金……?
時期、物、金、彼女は自分の持つ手札で一生物のトラウマを植えつけにきたのだろうか。
「いくらなんでも、さすがにこれだけの物を貰う理由は、ない、と思うのですが」
と、いうよりも怖くて受け取れない。
ガタガタと震え出す唇をなんとか抑えて、言葉を絞り出した。
「……」
しかし、彼女からの返事はない。
チラッと様子を伺うつもりだったが、しっかり目が合った。
「そっちはこんなもんじゃすまないよね?」
数回瞬きを繰り返した彼女は、相変わらず冷めた表情で口を開く。
「推し活資金とかなんとか、なにかにつけてこの1年、使い込んだでしょ」
「そ、れは……っ」
否定しきれず、口を噤んで彼女から目を逸らす。
今年はデカい金が入り、海外だろうが現地まで赴いて直接、試合観戦をした。
写真を撮って思いつく限りのグッズを作り、原本である彼女を俺の心ゆくまで甘やかして貢ぎ倒す。
今まで以上に熱を入れ、金額だけなら過去イチ使い込んだ自覚はあった。
とはいえ、だ。
「俺の推し活資金から捻出しています。生活費にも余裕持っていますし、貯金もしました。税金対策も問題ありません」
「うん。私もおんなじ」
「へっ?」
怒鳴られると思っていたら、まさかの同調に変な声が出た。
「私も、今年はいっぱいがんばったから、お金もいっぱい入ったんだよねー」
フッと蔑みしかない笑みで彼女は紙袋を押しつける。
「ほら、受け取れよ。お前が愛してやまない推しとやらからのプレゼントだぞ?」
そんな圧の強いプレゼントの渡し方があるか!
「やめてください! 推しに貢がれるとか解釈違いも甚だしいです!」
「公式が絶対の世界で文句たれてんじゃねえよ。テメェの推しとやらの落とし込みが甘いんだろ。早急に解釈し直せよ」
堅実な彼女は浪費を嫌う。
だから、いずれ怒られることは覚悟していたが、まさかこんな形で怒りを投下されるとは想定外だ。
俺が黙っていることをいいことに、彼女は容赦なく釘を刺してくる。
「次、やりやがったら車にするから」
「絶対にやめろくださいっ!?」
車なんて青天井にカスタムできる代物を、推しである彼女に貢がせてたまるかっ!
解釈違いだと騒いではみたが、彼女の俺の刺し方は的確だ。
なにをすれば俺が嫌がるかをきちんと熟知している。
例え同じ総額だとしても、分割と一括では瞬間火力が桁違いだ。
「すみませんでした」
重たすぎる彼女の一撃に、俺はついに撃沈した。
俺の謝罪に満足した彼女は、手つかずの紙袋に目をやる。
「えぇっと、それで、これはどうしたらいい?」
「え? どう、とは?」
「本当に困るなら、ほかの人にあげる」
本当に紙袋を取り下げようと手を伸ばすから、俺は慌てて彼女の手を両手で包み込んだ。
「だからっ、絶対にやめろくださいっ!?」
こんなエグいもん、俺以外の誰に渡すつもりだ!?
絶対に勘違いさせるからな!?
当たり前だが浮気なんかさせないからな!?
できるだけ正しく伝わるように、キョトンとしている彼女を真剣に見つめた。
「俺のために選んだのなら俺にください。その時計に見合うような男になってみせます」
「似合うから大丈夫」
相変わらず、雑に俺の言葉じりを汲んだ彼女が柔らかく微笑む。
「簡単に言ってくれますね?」
期待の眼差しに抗えず、赤い紙袋から中身を取り出した。
丁寧に包装紙を剥がして現れた外箱は、明らかに限定モデル仕様のそれである。
いくらなんでも、絶対、断じて、そんなに使ってないはずだ。
「これ、いくらかかったんすか……」
卒倒しそうになるのを堪えて聞けば、今度は彼女が気まずそうに視線を泳がせた。
「えーっと……」
人差し指を頬に当てて首を傾げたあと、彼女はニコッと目を細める。
先ほどの絶対零度の瞳とは打って変わった、穏やかな瑠璃色に不覚にも胸がときめいた。
「忘れちゃった」
「かわいいっ!」
そんなわけあるか!!
同様のあまり言いたいことが逆転する。
俺はもう二度と彼女を暴走させるような金の使い方をしないと誓った。
12/3/2025, 8:41:44 AM