KAORU

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 うちの上司の佐久さんは、めっちゃ可愛い。
 直接聞いたことはないけど、30を超えたぐらい。仕事はできるけど、バリキャリじゃない。どんなに忙しくても、笑顔を忘れない。たおやかだ。
 お気に入りなのか、シマエナガのグッズを集めている。ひざ掛けとか、丸いふくふくしたシマエナガがついたものを使っていて、見ていて癒される。独り言がくせで、たまに頭の中にあることをぶつぶつダダ洩れさせているのも面白い。
 うちの会社のマドンナだ。
 俺は、佐久さんの直属の部下になるというラッキーな男だ。同期には羨ましがられた。いいな、いいな殿山は、と。
 いいだろう。綺麗で天然で、しかも仕事はきっちりという三拍子そろった上司なんて、「当たり」に間違いない。
 佐久さんは入ったカフェで、俺がオーダーしたものを見ながら憂い顔で言う。
「……紅茶の香りって、苦手」
「そうなんですか」
 初めて聞く。佐久さんは、昔付き合っていた人に別れを切り出されたとき、ちょうど紅茶を飲んでいたそうだ。それ以来匂いもダメなんだと。申し訳なさそうに。
 ……なにそれ、可愛い。
 俺は思わず向かいに座った佐久さんをガン見する。そのエピソード、可愛すぎないか、んん? 第一佐久さんを振る男ってのはどこのどいつだよ? 何様だよおまえ、って話だ。
 佐久さんと付き合えるなんて、男にとっちゃ榮譽にしかならないだろうが。
 紅茶の馥郁とした香りに包まれる大好きな時間が、佐久さんにとっては昔の男を呼び覚ます辛い時間だなんて、なんという違いだろう。ーーその記憶ごとのみ干してあげたい!と思ってしまう。
 あぶないよね。落ち着け俺。
 でも、さすがに付けあわせのスコーンを頬張り、「あ、これ美味しい。サクサク進んじゃう」と言ったところで、「あら、サクサクって、あはは、私か」と口元を手で押さえる。
 ーーんもう、可愛いすぎ。
 俺はたまらずシュガーポットから角砂糖を掬いあげ、ボトボトとティーカップに落とし込む。勢いよすぎて極甘になってしまった……。でもいいんだ、佐久さんが笑ってくれるなら。生活習慣病だって怖くない、かも。
 「俺、上書きするよう頑張ります。紅茶飲んでる時、佐久さんにめっちゃ楽しい話して面白いって思ってもらえるように。そうしたら、佐久さんも紅茶の香り、苦手じゃなくなるかもですよね」
 紅茶の苦い記憶を塗り替えたい。佐久さんがこの香りを嗅いで思い出すのは、前の彼氏じゃなく俺だったらいいな。
 そんな、決して純粋とは言えない気持ちを佐久さんは
「ありがとう、殿山くん、優しいね」
 綺麗な笑顔で受け止めてくれる。
 あーもう好き。俺が優しいとしたら、それは相手が佐久さんだからだよ。
 俺が、あなたに上書きされちゃうかも。ーー嬉しいやら恥ずかしいやらで手元から目を上げられない俺は、佐久さんを前にいつまでもカップの底にわだかまる砂糖をぐるぐる掻き回していた。

#あなたとわたし

「紅茶の香り」2 もっと読みたい❤︎666ありがとうございます

11/7/2024, 1:57:14 PM