へるめす

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水田に囲まれた小高い丘の上に座り、晴れやかな空の下、杳かな翠微を眺める。数える程度にしか経験していないのにも関わらず、この景色に常に懐かしさが映り込んで何処か面映ゆい気されするのは、今は亡き父の郷里だからだろうか。
五月の涼やかな風にあたりながら、草の上で寝転ぶと、暇を潰すために持ってきた文庫本の頁をめくった。鳥の囀りと風に靡く稲のそよぎの外に聴くべき音もない。そして、朗らかな陽射しにわたしの瞼は次第に重くなっていく。
――ちゃん……――ちゃん。わたしを呼ぶ声に驚き、目を醒ます。見た限りわたしと齢の近そうな、白いシャツを着た青年が、わたしの顔を覗き込んでいた。わたしは胸のあたりに落ちていた本も構わずに慌てて飛び起きた。
空はもう茜色に打ち染められている。気取られないように、そっと口許を指先で拭いつつ立ち上がると、わたしはあの白いシャツの残像を辿るようにして振り向いた。
だが、そこには誰も居ない。四囲を見回してもひとの姿はない。ただ颯然と風が吹き渡っているばかりで、わたしは幾分冷えた身体を摩りながら、不思議な感覚をその場に残し、父の生家へと帰った。
古びた百姓家では、母と父の兄夫婦が談笑を交わしている。何処に行ってたの?心配そうに声を掛けた母の手には埃にまみれたアルバムが一冊。
伯父は母からそのアルバムを渡されると、或る頁をめくってわたしの方へと差し出した。

わたしは今でも目を閉じると、そこに貼られていた写真と、あの時の声の輪郭を重ね合わせては懐かしさに心が動かされる。



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大地に寝転び雲が流れる……目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?

5/4/2023, 1:52:40 PM