てふてふ蝶々

Open App

スーッと静かに扉が開く音がした。そろそろ母が見舞いに来てくれる時間かとぼんやり思う。
ガサガサと音だけを聞き、起き上がる事もしないでまっすぐ天井だけをみていると、私が思う母より少し痩せて少し疲れた母が笑顔で私を覗きこむ。
母は少し早口に
「今日は、昨日より顔色が良くて良かったわ。お天気のおかげかしらね。でもこう暑くっちゃ花が痛んで仕方ないわー」
と、花瓶を片手ににまたスーッと扉を開けて出て行った。
また1人かと、天井を見つめたまま思う。
すると、私の顔を覗き込む無精髭のおじさん。
あ、父さん久しぶり。
と、声には出さず視線だけで挨拶する。
父さんは、涙脆くてすぐに泣く。今にも泣きそうな目を涙がこぼれないようにニィッと下手くそな笑顔になって、母と同じように早口で、
「あぁ、確かに顔色がいい、コレならすぐに元気になって、学校いけるぞ。あーでも、少し待った方がいいな。外は茹だるような暑さだ。夏が過ぎてから退院した方がいい。ここは天国のようだ」 
と。
視界から消えてギシっと音がしたから、パイプ椅子に座ったようだ。
父は、ここが天国だって言うけれど、茹だるような暑さを知りたいし、汗をかいて暑いねっていいたい。
お医者さんも両親も命あるだけ幸せだって言うけど、本当にそうなの?
私、幸せなの?
また、スーッと扉が開いて母が花の水換えをした花瓶を見せてくれた。夏の花がふわりと香る。
そうか。夏。だから暑い。
そんな事もわからないほど長い入院生活。
私の人生の終わりも近い。
両親の当たり障りない会話を聞きながら視線を窓に移す。
四角の枠にきっちり収まる入道雲が見える。
ソフトクリームみたいって子供は言うらしい。食べた記憶無いけど、テレビでそう言ってる子供を見たことがある。
私はあの雲の段々をゆっくりゆっくり登りながら夏の暑さを感じて、暑いなぁって思いたい。
てっぺんについたら、きっと天国があるって願ってる。
天国は冷房の効いたこの部屋なんかじゃない。
でもね、
疲れていても会いに来てくれる母さん、ありがとう。
この部屋に入るためにたくさん働いてくれる父さんありがとう。
言葉にする事はもうできないけれど、母さんと父さんがいたらどこにいたって私幸せ。天国でのんびり待ってるから、ゆっくりきてね。

6/29/2023, 12:33:50 PM