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2023/06/06 【最悪】

-ああ、最悪だ。

こんなことになるぐらいなら、来るんじゃなかった。あいつがこいって言ったから来たのに。今日最高気温を記録した俺の地元では、保健室の窓から覗く曇り空が妙に物悲しげに感じられた。

「ねえ、明日学校行ってみない?」
唐突にそんなことを言われた。公園のブランコをこぎまがた彼女は言った。彼女は何を言っているんだろうか。今までだってそんなこと一度も言わなかったのに。
「いきなり何言い出すんだよ。行っても、意味ないだろ。」
俺は半ば強引になりながら口にする。あんなところ、絶対に行きたくない。だって、俺が行っても-
「俺が言ってもどうせ邪魔になるだけとか思ってるんでしょ。」
何でわかるんだよ。俺は言葉に詰まる。
でもその通りだ。俺が行ったら、迷惑をかける。

-ねえ、あそこの席の子、今日も学校来てなくない?
-あー、なんかあんま体が良くないらしい。
-えっ、そうなの?
-でも、体良くないなら休んでて全然いいよなって感じ。何かあったときに面倒だし。
-まあ、それもそうだね。

体育祭も、文化祭も、校外学習も、行きたいと思ったことはあるけど、俺はほとんど行ったことがない。いつもすぐ眩暈で倒れたり、歩けなくなったり。みんなに迷惑をかける。その後の、みんなの反応が、俺にはどうしても辛い。
-だったら、学校自体に行かなければいいじゃないか。
そんな、半ば逃げるような結論に達した次の日から、俺は学校に行ってない。俺がいなくなっても、どうせ誰も気付かないだろうし。
「でもさ、気づいてないだけだと思うんだよね。」
そういう彼女は、俺の幼馴染で、普通に学校にも行っている。近所に住んでいるせいで、いつも授業のプリントやらノートやら連絡やらを届けに来てくれる。
-こいつも災難だな、俺みたいなやつと幼馴染で。
俺は体のことだけじゃなく、性格もこんなだから、ただでさえ迷惑をかけている。特にこいつには昔から。
-でも、迷惑をかけたくないと思いながら、こいつにはすごく甘えてしまっている自分がいる。
今もこうして、俺のことを気遣ってくれているとわかっている。それに気づかないふりをして、俺は彼女に聞き返す。
「気づいてないって、何が?」
「あんたがみているのは表面的な部分だけで、見えていない部分がまだあるってこと。」
哲学みたいなこと言うな。
「でも、俺がいなくなったことで、みんな平和なら、いく必要もないだろ。最悪のじょうたいになるだけだ。」
俺は自分に言い聞かせるように言う。
「そうなんだけどさ。」
彼女は勢いをつけてブランコから飛び降り、俺の目に立つ。その綺麗で大きな目で俺を見つめて。
「最悪があるってことは、最高があるってことなんだよ。」
満面の、お日様みたいな笑みでそう言った。
「悪いこともあるかもしれないし、いいこともあるかもしれない。何があるかわからないんだし、行ってみようよ。」
彼女はすごく眩しかった。隣でさもいちばんの親友のように振る舞ってきた自分が情けない。
「でも-」
言いかけたとき、彼女の優しい手が冷えた俺の顔を包んだ。
「大丈夫、私がいるから。」
俺は、どこまでも優しい彼女に、今日も甘えてしまった。

-ああ、最悪だ。

結局、言っても何にもならなかった。あいつは今日は学校休みだって言うし。俺もすぐに体が言うこと聞かなくなって、保健室に行く羽目になるし。天気のせいか頭痛もする。
-やっぱり、こなきゃよかったな。
そんなことをまた考えている自分がいた。そんなとき、保健室の扉がそっと開いた。
「あの、失礼します…。」
確か、うちのクラスの女子だっけ。体調悪いのかな。

「あの、大丈夫?」
そのとき、明らかにその子は俺をみていた。
「えっ?」
「あの、午前中の授業終わったしたその時のプリント、届けに来たんだけど。」
ああ、そう言うことか。
「すみません、迷惑かけて。」
またこうなってしまった。
「迷惑?全然迷惑じゃないですけど。」
思ってもいない答えに、俺は驚いた。
「えっ?」
さっきと同じ言葉を口にする。何で迷惑じゃないんだろうか。その子の意図が読めない。
「むしろ私、あんまりクラスとこで役に立つことできないから、ちょっとでも、役に立てたのが嬉しいなって言うか…」
顔を少し赤ながら、その子はいった。
-最悪があるってことは、最高があるってことなんだよ。
ああ、そう言うことか。やっと彼女の言っている意味がわかった気がする。

-最高とまではいかなくても、いいことはあったな。
今日は久しぶりに笑った気がする。よくみたら、保健室の窓から見た空は、雲が消えて太陽が顔を覗かせていた。

学校が終わって、俺は彼女の家の前に立っている。家が近いため、プリント類をこうして家に届けに来たのだ。
-まさか、自分がこの立場になるとはな。
そう自分の中で苦笑いを浮かべながら、ふと思った。自分が迷惑だなんて思っていまいことに。
-あいつも、おんなじように思っていてくれたのかな。
そう思うと、何だか嬉しくなって、最悪も悪くないなと、そんなことを思いながら、彼女の家のインターフォンを押した。

6/6/2023, 11:29:54 AM