秋茜

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“タイミング”

 人生全てがタイミングだ。タイミングが良かったことをロマンチックに言うと運命になる。たまたまそのときその場所で出会えたことで、人生が好転すれば運命なのだ。なんて都合の良いことか。だからそう。

「お前のそれは、勘違いしてるだけだ」

 出た声は、出そうとしていたそれよりも硬質だった。思わず舌打ちしそうになる。自分自身に腹が立って仕方がない。もっと冷静に、穏やかに──“説得力があるように”、言葉にしたかったのに。

 相手の反応を想像する。泣くだろうか、感情的に喚くだろうか。もう嫌いだと睨んでくれれば好都合。胸に巣食ったこの感情を殺すのにちょうどいいタイミングだ。それなのに。

 予想外に冷えた瞳で見つめられて唇を噛んだ。ざらりとした声で名前を呼ばれる。聞きたくなかった。何も与えられたくないのに、耳を塞ぐことも、目を逸らすこともできずに追い詰められる。いつの間にか、崖っぷち。

「べつに、いいよ」

 勘違いでも。

 視線は真っ直ぐで、呼吸が苦しい。

「だって、こんなに好きなんだもん」

 わざとらしいくらいに冷ややかな、瞳の奥に。熱っぽく浮かぶその感情はなんだろう。ああ──嫌だ。取り返しがつかなくなってから失うよりも、最初から手に入らない方がずっとずっと楽だと、わかっているのに。

「ね、君もそうでしょう?」

 ──なんて、タイミングの悪い。
 

7/30/2025, 6:00:38 AM