善次

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優しさ

 学校の帰り道に暴れイノシシに衝突したおれは、気がつくと異世界に転生していた。ふしぎな世界『ボア・ボタン』で冒険者として生きることを決めたおれは、いろいろあって魔王を倒す勇者に認定されてしまった。気の合う頼もしい仲間たちと一緒に、厳しい旅の最中にある。
 おれは『ボア・ボタン』に転生する際、女神マータギから特殊な能力を与えられた。それは〈時間操作〉だ。過ぎてしまった時間を戻してやり直すことができたり、長くはないがある瞬間に時間を止めてしまうことだってできる。この能力を駆使して、おれは冒険者として名を挙げてきたのだ。
 そして、いま、魔王の配下たちを激闘の末に打ち破ったおれの前に、とてつもない難関が立ちはだかった――


 レオンはおれのパーティの中では最古参にあたる、頼れる戦士だ。おれよりずっと年上で恰幅もよく、冒険者として生きる上で大事なことをたくさん教えてもらった、恩人だ。
 そのレオンの尻が丸見えになっていた。
 より正しく言えば、魔王の配下の攻撃のせいで、スボンの尻部分だけが器用に破れていて、そのせいでレオンの鍛え抜かれた尻が丸見えになっている。
 ウワッどぉーーしよぅ――情けなくうろたえたおれは、思わず他のみんなの顔を見渡した。レオンの尻に気づいている者もいれば、まだ知らない者もいる。何人かチラチラとレオンの尻と顔へ視線を送っては、レオン自身が気づいてくれないものかと祈っていた。
 しかし当のレオンは最近いい感じになったマリア相手にデレデレしていて、自分の尻の無惨さに気づいていない。くっきりしたムチムチの谷間が風通し良く露わになっているのだが、レオンは目の前のマリアに夢中だった。
 時間を戻してレオンの尻を守るべきだろうか――それとも――立ち尽くすおれの代わりに、動く者がいた。
「おい! レオン! しつこいぞ! 姉さんが困ってるじゃないか!」
 マリアの弟、弓使いのヘンリーだった。ずかずかとレオンに歩み寄り、具足に守られた足を蹴る。
 いつものシスコン発作かな……と見ていると、ヘンリーはごく自然にマリアの視界からレオンの尻が見えない立ち位置をキープしながら怒鳴っていた。
「おいおいヘンリー、勘弁してくれよ。ベヒーモスの爪から守ってやっただろ? マリアと話すくらいいいだろ」
「それとこれとは話が別だ。さっさと汚れた体をきれいにしてこい!」
「わかったよ」
 しぶしぶマリアの下を去るレオン――尻がマリアに向けられる――ヘンリーが体を盾にマリアを尻から守る。
「もう、ヘンリーったら。話してただけなのよ」
「あいつは姉さんに相応しくないよ!」
 レオンへの不満を姉へ並べたてるヘンリーから離れ……レオンへマントを差し出す者がいた。
「これを忘れてるぞ」
「……おまえさんからプレゼントを貰うのは怖いな」
 マントを手にしているのは、オーガ族のエンリケだ。種族や連綿と続く争いのせいで、人とオーガの関係は悪い。レオンとエンリケもまた、性格の違いもあって対立することが多かった。
 それでもエンリケはレオンを傷つけまいと、尻が隠れるマントを送っている。
「きさまの働きは見事だった。称賛に値する。それだけだ」
「剣に迷いがあると怒ってたくせにか? よく言うぜ。ま、貰えるものは貰っておく。ありがとよ」
 マントを受け取ったレオンは真紅の外套を身につけ――歴戦の戦士として、誇り高き姿を輝かせた。
 尻も隠れた。
 おれは思わず拳を握る。解決に気づいた魔法使いのルビーや、薬師のアルゴルも小さく歓声をあげた。
 よかった、と思うと同時に、おれは気づいた。
 レオンの尻を守るために、みんなが力を尽くしてくれた。
 嫌ってるように見えても、いがみあっていても、仲間の尻を守るために、優しさを惜しみなく注いでくれたのだ。
 おれの能力は時間を操作できる。けれど、時間の保存はできない。この、みんなが尻へ与えた優しさを保存しておくことは、できないのだ。
 みんなの優しさ――慈しみ――が流れ行く時間に埋もれてしまうことがひどくさびしく感じられ、おれはちょっとだけ泣いた。

1/27/2023, 2:23:29 PM