なぜ泣くの?と聞かれたから
趣味の神社仏閣巡りの途中で迷子になった。
日も暮れたし人気もないし……と焦っていると、柴垣根のそばで泣いている女の子に出会った。
「どうしたの?何を泣いているの?」
「雀の子をイヌキが逃がしてしまったの。伏篭に閉じ込めてあったのに。おばさん、雀になってくれる?」
おや……これは源氏物語?
これでも文学少女崩れなので「若紫」の有名な一場面くらいは知っている。
ごっこ遊びだと思った私は苦笑した。
「小さいのに良く知ってるね、でも暗いからもう帰った方がいいよ。一人?お母さんは?」
「イヌキがあそこにいる。私に叱られて離れてるの」
指につられてそちらを向くと、“犬君”と称されたそれは、血の色の目を邪悪に光らせ、狼の形をした黒く蠢く何かだった。
私は悲鳴を上げ、その場を離れて駆け出した。
背中を子供の金切り声が追ってくる。
「なぜ泣くのと聞かれたから答えたのに!なぜ泣くのと聞かれたから答えてあげたのに!なぜ泣くのと聞かれたから雀にしてあげるのに!」。
8/20/2025, 4:34:22 AM