理想のあなた。
あなたは手を伸ばしても届かない。
1教科だけ満点を取っても、彼女は全教科満点をとる。歌で褒められても、彼女は歌いながら楽器も弾けてしまう。料理の腕を褒められたこともあるが、彼女が文化祭で作った料理を何故かお忍びで来ていた3つ星シェフが涙を流すほどだ。
ある日、デッサンの授業を受けながら僕は彼女に言った。
「僕は君にはかなわないな」
「何を言っているの?私の理想は貴方なのよ」
僕はその言葉を聞いて卒倒した。僕なんか彼女の足元にも及ばない。今だって、僕の横には僕よりも「僕」らしいデッサンがある。一体僕の何を見たらそういうのだろうか。
「いやいや、僕なんて君に比べたらただの凡人だよ」
「いいえ。貴方こそが私の理想なの。貴方は私と同じ、天才よ」
彼女は立ち上がり、僕の手をとって微笑んだ。その笑顔は絵画から飛び出してきたかのように美しく、僕の心に深く突き刺さった。
「天才って……」
僕は苦笑混じりに言った。しかし彼女の綺麗な眼差しに僕は黙ってしまう。彼女はキラキラと輝く瞳で続けて言った。
「私が天才なのは認めるわ。私は生まれた時から天才だった。ただそれだけよ。すぐに他の人に追いつかれるわ。でも貴方は違う。貴方には才能を磨く才能があるのよ。長い時間机に向かっていたり、歌の練習をしているのを見たわ。その年でここまで出来るのは、並大抵のことじゃないわ」
僕は驚いた。彼女が僕のことをそこまで見ているとは思っていなかったのだ。彼女はいつも一人で本を読んでいるイメージだったから。彼女は僕に微笑む。その笑顔はどんな美女よりも美しく、いつまでも脳裏に残るものだった。
「私は貴方を尊敬するわ。それにね」
「それに?」
「私がどうしても勝てないことがあるの」
「なに?」
彼女にあって僕にないもの。僕が彼女に勝るもの?考えても思いつかない。僕が悩んでいると彼女はポツリと呟いた。
「私には友達がいないのよ」
僕は驚いた。彼女は友達がいないから、一人で本を読んでいたのだ。それは逆に僕には出来ないことだ。僕は彼女に言った。
「じゃあ僕が友達になるよ」
「本当!?」
彼女は嬉しそうに笑った。そんな笑顔で喜ぶなんて意外だ。もっとクールで無口な子、それこそ高嶺の花のような、窓際の令嬢だと思っていたけど。でも、女の子らしく可愛らしい一面もあるんだな。そんなことを考えていると、彼女が言う。
「ありがとう!じゃあこれから私と貴方は友達ね」
「あ、ああ」
こうして僕は彼女と友達になったのだ。
理想のあなた。
あなたは手を伸ばしても届かない。
うたた寝しながら満点を取っても、誰も褒めてくれない。
あなたはたった一教科とっただけで先生からも友達からも褒められる。不公平とは思ったことは無い。だって貴方は放課後もずっと勉強していたから。
おもむろに弾いたギターで流行りの歌を口ずさんでもつまらない。
それよりも廊下で聞いたあなたの美しい歌声を聞いていたい。録音しておけば良かった。
文化祭で無理やり作らされた料理の数々。3つ星シェフが涙を流す?そりゃあそうでしょうね。塩と砂糖を間違えたんだもの。
本当はここから抜け出して貴方の美味しそうなケーキを食べたかったのに。それを聞いてくれる友達もいない。
あなたが羨ましい。
あなたが妬ましい。
理想が遠い。
5/20/2024, 10:53:28 AM