かたいなか

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「今のタイミングじゃ『風』っつったら、俺が12日投稿分でネタにしたあのゲームだろ」
どうすんの、コンビニで退魔剣ピックか両手剣ピック狙ってグミ買ったら「風」切羽ピックでしたって実話でも出す?某所在住物書きは、水色だの黄色だのの小さなグミを爪楊枝で刺し、舌に載せた。グミを購入するのは久しぶり。大抵チョコか、クッキーである。
「そういや某鳥族、初出『風』タクだったな」
懐かしい。海出て帆を張ったの何年前よ。物書きは題目そっちのけで、当時の記憶にイカリを下ろし……

――――――

「さようなら。お元気で」
2023年から遡ること、約8年前。春一番の風吹いた頃、ひとりの人間嫌いが、初恋のひとの前から完全に姿を消しました。
「どうぞお幸せに」
スマホは番号もアカウントもキャリアも総入れ替え。グループチャットアプリは完全消去。
居住区も仕事場も、遠い遠い場所へお引っ越し。部屋は引き払い家具は売却。手荷物は、トランクひとつ。

以下はこの人間嫌いが辿った、遅い遅い初恋と、ありふれた失恋話。その一端です。

…――まだ年号が平成だった頃。花と山野草溢れる雪国から、ひとりの真面目で優しい田舎者が、春風吹くに身をまかせ、東京にやってきました。
田舎と都会の速度の違いについて行けず、最初の職場は木枯らし吹く前に解雇となりました。
まずは都会の生活に慣れようと、挑んだ次の職場は人間関係と距離感の向かい風に吹き倒されました。
置き引き、スリ、価値観相違、過密な人口。
4年で5回転職してやっと生活に慣れてきた頃には、優しい田舎者は人間嫌いな田舎者になっていました。
都会の悪意と時間の嵐に、揉まれて擦り切れてしまったのです。

『元気無いね。具合でも悪い?』
その人間嫌いに、構わず声をかけてきたのが、薫風吹くに身を任せて流れ着いた、5度目の転職先の同期。他県出身の同い年でした。

『実家から送られてきたの。食べる?』
そのひとは、田舎者の顔が好きなようでした。
『大丈夫大丈夫。見た目地味だけどおいしいから』
そのひとは、田舎者に一目惚れしたようでした。
『他県民でしょ。どこ出身?』
田舎者がどれだけ平坦な対応をしても、話しかけて、一緒に食事して、休日は都内散策に誘ってきて。
『こっちも4回目の転職なんだ。なんか似てるね』
そのひとは、田舎者の擦り切れた心を、ゆっくり紡ぎ直してゆきました。
『大丈夫。今つらいだけだよ。いつか、良くなるよ』

『あの……!』
気がつけば田舎者も、そのひとに恋をしていました。
『もし、良ければ、……良ければでいい、』
心拍数の明らかな上昇と、前頭葉のブレーキの緩み具合と、報酬系及び大脳辺縁系の馬鹿具合から、田舎者は人生初めての、遅い遅い初恋を自覚しました。
『日本茶と和菓子の、美味い店を見つけたんだ。……良ければ、今週の……土曜日にでも』

自分の心を癒やしてくれたこのひとに、恩返しがしたい。この人が幸せになるなら、自分のすべてを差し出しても構わない。
優しさを取り戻し、人間嫌いの寛解しつつあった田舎者は、当時、この幸せな時間が今後ずっとずっと流れていくのだと、本気で思っておりました……

5/14/2023, 11:50:46 AM