わをん

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『理想郷』(Bloodborne)

街のあちこちに火の手が上がっている。燃やされているのは磔にされたまだまともなはずの人たち。耳を塞ぎたくなるような断末魔を上げ続ける人がほんとうに病の根源なのか、未然に病を防ぐためだとして火をくべる人たちこそが狂っているのか、誰にも判別はできていなかった。
家に閉じこもって病のことを考え続けていてはこちらの気も狂ってしまう。意を決してドアを開け、人々に見つからぬように路地を彷徨い歩いて辿り着いたのは街の外れの診療所だった。
「こんな夜によく来てくれました。外は恐ろしかったでしょう」
迎えてくれた女医のあたたかな言葉に涙まで出てくる。殺伐とした街のことを思うと、ここは何にも悩まされずに安心できる理想郷のような場所だと思った。
「ここには大勢の人が頼りにして来ています。もう心配はいりませんよ」
言って診療所の奥へと通された時に違和感を持った。大勢の人がいるはずだが人の声がまったく聞こえず、耳慣れない奇妙な音が断続的に続いているばかりだった。振り返って他の皆はどこにいるのかを女医に尋ねようとした。その前に、私の認知がぐにゃりと歪んだ。手に注射器を持った女医の姿を見た気がするが、首元に痛みを感じたことも、手指の感覚も、ここがどこかも、なにもかもわからなくなっていく。
「ほら。もう心配いりません」
聞き覚えのある声だと思ったが、私がいったい何なのかをもう思い出すことはできな

11/1/2024, 4:09:11 AM