わをん

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『子猫』

帰ってくると薄汚れた白い毛玉が家の中にいた。まだニャーとも鳴けない小さき命を拾ってしまい、連れていった先の病院で指導を受け、必要な道具一式を買って今ここにいるのだと同居人は説明してくれた。傍には真新しい子猫用の授乳器具が開封されて置いてある。何か言おうとしたものの、続いて彼がぽろぽろと涙をこぼしたのでぎょっとして次の言葉を待つと、箱の中にいた毛玉のきょうだいたちの命はついえてしまい、今さっき墓を作ってきたのだと彼は時間を掛けてようやく言った。彼の手指は汚れていて、ほのかに土の香りがしていた。ただ一匹の生き残りは病院で実演されたミルクの与え方によって満腹になり、親兄弟ともう会えなくなっていることを露ほども知らずに迫っていた死の影から遠ざけられてすやすやと眠っている。私の言おうとしたことはもう言えなくなってしまった。
「……病院で名前決めた?」
「暫定でシロちゃんって書いた」
シロちゃん(仮)は2時間おきに腹をすかせてけたたましく鳴くらしい。それが2週間ほど続くという。子を持たない我々は世の親という存在のほんの一端を理解して育児とはこういうことなのかと戦慄したが、しかし覚悟を決めた。天涯孤独だった子猫に家族が増えた瞬間だった。

11/16/2024, 6:27:55 AM