ぱちり、と目が覚めた。
いつもの天井。いつものベッド。いつものカーテン。
いつもと異なるといえば、自分は何も身につけておらず、横で同じく何も纏ってない女性がくうくうと寝息を立てているところだ。
ゴミ箱にはアレの残骸。シーツには紅い跡。妙にベタついた自分の肌。
その時大声を出さずに、静かにゆっくりと女性から距離をとったことを、誰かに褒めて欲しかった。
まじまじと女性の顔を見る。同僚だ。カラッとしていて話しやすい、無口な自分とは正反対にいるような人。こっそりと想いを寄せていた人。
彼女とはそうだ、飲み会だ。飲み会の二次会を避けた時にいきつけの店を教えてもらったんだ。酒が美味くて、料理もそれなりなバー。ふたりで上司の愚痴を言って、酒を飲んで、その先の記憶がない。真っ白な絵の具に塗りつぶされたかのように空白だ。
最悪だ。彼女が覚えていたら忘れた自分は最低男だし、覚えていなかったら強姦魔と言われても否定できない。どっちに転んでも自分の立場は危うい。男とはそういう時立場が弱い。ただ、お互い忘れていれば説得次第で元の関係に戻れるのではないかと淡い期待をした。最低男扱いより100倍マシだ。
「んぅ……?」
彼女が起きた。昨日のことを覚えているのか、いないのか。
「……おはよう」
ふわり、という効果音が似合う声だった。そんな声、職場では聞いたことがない、甘いマシュマロを連想させるような声。間違いない、彼女は覚えている。終わった。
「あの……ッ」
「昨日はありがとう。私も大好きだよ」
土下座しようとベッド下に行こうとしたが、彼女の告白に思わず思考が停止した。今彼女はなんと言った?
私も?も?
「あんなに熱烈なことを言うなんて、普段と違うから……かっこよかった」
彼女は赤くなった頬をシーツで隠す。
何を言ったんだ。昨日の俺は彼女にナニをして何を言ったんだ。
「まさか、あんなことをするとは思わなかったけど……」
何をしたんだ。彼女に何をしたんだ。なんで彼女は耳まで真っ赤なんだ。あんなことってどんなことなんだ。
「ふふ、それに告白の言葉がアレなのはどうかなとは思ったけど」
アレってなんですか。彼女の口から信じられない言葉がポンポン出てくる。昨日の自分はどうやったのか彼女を口説き、落とし、既成事実まで手に入れたらしい。そんな馬鹿な。信じられない。そんな極楽楽園の時間を覚えていない自分が1番信じられない。
「ねえ、黙ってないでなにか言って?」
黙り込んでいたことに不安になったのか、彼女が語りかける。無口だと思っていた自分だが、昨日の自分はそれは饒舌に愛を語ったようだ。
「好きです。愛しています。結婚してください」
そんな記憶を持ち合わせていない自分が出せるのは無味無臭と言っていいほどのストレートな言葉。彼女はまた赤くして頷いてくれた。
そっと抱き寄せると手を背中に回してくれる。この瞬間、この空白期間のことは絶対彼女に悟られずに墓場まで持って行こうと心に決めた。
【空白】
9/13/2025, 2:50:20 PM