【世界の終わりに君と】
次の満月が天頂に昇ったとき、この世界は終わりを迎える――そんな予言を各国の神官たちが一斉に報告したのが、二週間ほど前のこと。予言の回避のためにあらゆる手を皆が尽くしたけれど、結局対応策どころか世界が突然滅びる原因すらも、僕たちには特定することができなかった。
東の空には、僕たちを破滅へと導く満月がぽっかりと浮かんでいる。予言の時までもう、あと数時間しかない。日没までは必死に打開策を探し続けていた人々も、今はもう諦めとともに最期の瞬間を思いも思いに過ごしていた。
万が一予言が外れても明日から皆が困ることがないように、残っていた仕事は全て片付けてから、僕もそっと執務室を抜け出す。それを咎めるような者は誰もいない。皆、自分の愛する者たちと幸せなひとときを送っているのだろう。
向かう先は城の一番端の位置に設けられた獄。看守すらもいないのだから、目当ての場所まで辿り着くのは簡単だった。
小窓から差し込む月光が、岩壁に囲まれた室内を朧に照らしている。かちゃりと音を立てて錠を外せば、微動だにすらせずに瞑想を続けていた君がゆっくりと瞳を開いた。
『――なら、ここから逃げよう』
かつて僕の手を引いてくれた、小さな手の温もりを思い出す。玉座になんて座りたくないと泣いた幼い僕の頭を撫でてくれたのは君だけだった。たとえそこに、どんな思惑があったとしても。
「……自分を殺そうとした相手の前に、よく一人で顔を出せたな」
低い声で吐き捨てた君の前に、静かに腰を下ろす。憎悪をドロドロに煮溶かしたような真っ黒い君の瞳に、にこにこと薄っぺらい笑みを浮かべた僕の姿がくっきりと映り込んでいた。
「良いんだよ、どうせもうすぐ世界は終わるんだから」
君が王家を恨んでいることは知っている。持ち込んだナイフを君の前に転がした。月光を受けて、ナイフの刃が不気味に輝く。手枷をされた状態でも、君ならばこれで僕の首を掻き切れるだろう。
「満月が天頂に昇る瞬間になら、僕を殺して良いよ。世界が滅びる前に、君の手で」
君の眼差しが鋭く細められる。朗らかに笑いかけたつもりだったのに何故か、君の瞳に映る僕の微笑みは今にも泣き出しそうなほどに不恰好だった。
「だからそれまで、最後に少しだけ君の隣にいさせてくれないかな?」
たとえその理由が殺意であったとしても、世界が終わる最期の時に、僕と一緒にいたいと願ってくれる人なんて君の他にはいないんだ。
小さく息を吐き出した君が、目線で自身の左側を示す。それが了承の合図だった。君の左に座り直して、その肩に頭を預ける。すぐ隣にある君の温度が、冷えきった僕の心を少しだけ満たしてくれた。
6/7/2023, 11:51:51 PM