※昔書いた創作百合の子達の話
「今年ももう終わりかぁ〜。早いねぇ〜」
暖房の効いたリビング。二人で使うには少しばかり大きめのソファ、その中央に二人で腰掛け、適当なテレビ番組の音声をBGMにそんな年の瀬らしい会話を振る。
「············今年もさっちゃん、殺してくれなかった······」
私の腰回りに両腕を回し半ば横たわるような姿勢になっている彼女──明楽(あきら)さんは、恨みがましそうに上目で此方を睨みつけてくるが、元々表情筋が柔軟な方ではない明楽さんがいくら睨みつけてきたところで迫力も威圧感もなく、むしろ美人が可愛らしく拗ねているようにしか映らない。あー、眼福眼福。
「だぁってぇ〜、私明楽さんにはまだまだ幸せになってほしいもーん。幸せメーターまだ全然溜まってないっしょ?」
そう言いながら彼女の額を人差し指でツン、と突っついてやれば、「あぅ」と幼女のような呻き声を上げた後、「だって······」と視線を床の方へと落とし、彼女は続ける。
「この時期はね、ダメなの。普段もいつだって死にたいけど、この時期······年末はね? 特にダメなの。ここをゴールにしたくてたまらなくなるの。また新しい一年がやってくることが嫌なの。また一からスタートを切り直さなきゃいけないのが······辛くて辛くて、どうしようもないの」
腰に回された両の腕が、縋るようにキュッと弱々しく力を強めた。朝方のニュースを思い出す。人身事故のため○○線のダイヤが乱れております──この時期、頻繁に聞く内容だ。彼らもまた、明楽さんと同じような心境だったのだろうか。新しいスタートを切りたくなくて、ここをゴールにしたくて、もう全てを終わりにしたくて。なりふり構わず、飛び込んだのだろうか。その先に幸せがあると信じて。
「そっかぁ〜······ね、明楽さん? 先に楽になっていった人達のこと、羨ましい?」
此方を見上げ、一瞬きょとん、とした表情を顕にした明楽さんは、少し言葉を選ぶような素振りを見せながらたどたどしく答える。
「ん、と······。羨ましい······は、羨ましい······ん、だと、思う。だけど、さっちゃんも知ってるでしょ? 私には、あの人達みたいな勇気なんてないの。だから多分、これは羨ましいんじゃなくて、隣の芝生は青く見える······みたいな、多分そっちの気持ちに近いんじゃないのかなって。それに······」
「それに?」
「私には、“さっちゃん”っていう専属の殺人鬼さんが居るから。なかなか殺してくれないけど······でも、絶対に最高の最期をプレゼントしてくれるって、私、信じてるから」
「アッハハッ! 当ったり前じゃん! ぜ〜〜〜〜ったいに、幸せで幸せでこれ以上の幸せなんてない! って瞬間になったら、必ず殺してあげるから」
だから心配しないで、と続けるつもりだったのだが、テレビ画面に映し出されている時計へ何気無く視線を向け慌てる。時刻は「23:59」と表示されている。
「ちょ、ちょ、明楽さん! もう年越し! 年越す! 越しちゃうって!」
「え······?」
「え······? じゃないってばぁ! ほら、時報聞こ!」
私は急いでスマホの通話画面で117、と数字をダイヤルする。スピーカーモードにすると、部屋の中に「午後、二十三時、五十九分、三十秒を、お知らせ致します」という機械音声の後に「ポーン」と甲高い電子音が響き渡る。
何となく居住まいを正し、静かに時報を聞き続ける。チラリと横の明楽さんへ視線を遣る。年越しの瞬間を、一体彼女がどんな顔で受け入れるのか気になったから。
······明楽さんの瞳には、生気が宿っていなかった。心ここに在らず、といった様子で、出会ったあの頃みたいな、死に想いを寄せ焦がれる横顔は、まるで人形のようだった。
──四十秒をお知らせ致します。
──五十秒をお知らせ致します。
ピッ、ピッ、ピッ、と鳴る時報のカウントと、テレビの雑音だけが聞こえる部屋の中。私は明楽さんの体を強引に此方へと向かせる。
──午前、零時を、お知らせ致します。
目をまん丸くする彼女へと一気に顔を寄せ、ほんの少しだけ開かれた薄く形の良い唇に己の唇を重ねる。瞬間、「ポーン」と、零時を告げる時報が鳴らされた。
そっと唇を離し、明楽さんのおでこに自分のおでこをくっつける。
「今のはね、マラソンでいうところの給水所」
「······給、すい、じょ······?」
「だって今の瞬間さ、明楽さん」
──息、止まってたでしょ?
そう問えば、明楽さんは暫しの間固まり、その瞬間のことを思い返しているのだろう······うろうろと視線を彷徨わせた後。突如として林檎みたいにほっぺたを真っ赤に色付かせ、曇りけなくキラキラと輝く美しい瞳で、恍惚に満たされたかのような蕩けた声音でもって私に告げた。
「······っ、息······止まってたぁ······!」
「でしょ? 頑張ってる明楽さんへのご褒美だよ」
片手で彼女の肩を抱き寄せ、額にもう一つ、キスを落とす。
「今はまだ、こういう“殺し方”しか出来ないけど······いつかちゃんとその時が来たら、明楽さんのこと、私がこの手で救ってあげるから」
だから、今はこれで我慢してね。
そう伝えれば、明楽さんは首をブンブンと横に振り、未だに赤く染めた頬と、ほんの少し水分で潤んだ黒曜石のような瞳で、さも幸せそうに微笑んだ。
「来年もご褒美ちょうだいね? さっちゃん」
極上の笑顔と共に珍しく彼女の方から唇を重ねられ、私の息の根も止められた。
◇◇◇◇◇
昔pixivに上げた死で繋がる百合シリーズの二人に出演して頂きました。
もしもこの二人についてもっと知りたいよ、という稀有な方がいらっしゃいましたら→死が二人を繋ぐまで | https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14902463
12/31/2024, 12:38:58 PM