ガルシア

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 忘れて、と顔を背けた彼の耳は淡く色づいていた。小さな顔を隠す手は筋張っていて節が目立つ。十五歳も上の男性が少し弱ったような様を見るのはなかなかに心が揺れるもので、無言で背中をつつくと肩が大きく跳ねた。
 近くに引っ越してきてから足繁く通うようになった歴史ある荘厳な図書館。司書である彼に話しかけたのはいつだったか。目当ての本がどうしても見つからず、貸出中か聞いてみると長めの前髪の下で瞳をするりと動かし、手招きして私を見事に導いてくれたのを覚えている。長身な彼の広い背中や、案外逞しい腕がやけに魅力的だった。
 口数の少ない彼に根気強く、しかし控えめに話しかけ続けてみると、だんだん会話に乗り気になってきてくれた。もっぱら内容は本に関する話だったが、たまにお互いのことも話した。少し上くらいだと思っていた彼がずっと歳上だと知ったときは驚いたものだ。
 そして今日、たまたま図書館を訪れた友人に恋人のようだと茶化されたことを話してみると、彼は答えを返した数秒後に顔を逸らしてしまったというわけだ。
 僕はいいけど、と一言だけ呟かれた声を聞き漏らしはしなかった。ただでさえ静かな図書館という空間に、今日は他の来館客もほぼいない。私に届いたことを知っているから、忘れてくれと頼んでいる。
 大きなリアクションで驚いたのが恥ずかしいのか、その前の言葉が恥ずかしいのか手と前髪の間から困ったような目が覗いている。彼には申し訳ないが、すらりと零れた本音のような言葉も、耳を赤らめる様子も、記憶に焼きついてそう簡単に忘れられそうにはない。


『忘れられない、いつまでも』

5/9/2023, 3:47:57 PM