今年の抱負は何ですか。
そう言われて、何も言えずに視線を逸らした。
抱負。やりたいこと。やらなければならないこと。
何があるだろうか。やりたいことも、やらなければならないことも、いくつかはすぐに思いつく。
けれどそのどれもが、抱負とは違う気がした。
「なぁ、今年の抱負は決めたか?」
窓の外を見ながら抱負について考えていれば、友人に声をかけられた。
先程階下で母と誰かが話しているのが聞こえたが、どうやら友人が遊びに来たらしい。
視線を向ければ、友人の手には一冊の本。普段本を読まない友人の珍しい様子に、思わず友人と本を交互に見てしまう。
「何だよ。流石にそれは傷つくぞ」
「いや、だって……お前、教科書すらまともに読まないだろ」
正直な感想を言えば、友人はあからさまに肩を落として落ち込んだ。僅かばかり心が痛むが、すぐに仕方がないことだと思い直す。
「まぁ、確かにな。自分でも本を読むなんてとは思うけどよ」
言い訳のようにぶつぶつと呟き、友人は本の表紙を撫でる。その手つきと眼差しの穏やかさに、軽く目を見張った。
今日の友人はどこかおかしい。そう思ってしまうほどには、彼の行動は意外だった。
普段読まない本を抱え、その本を大切に扱う。
その理由を考え、眉を寄せる。
「――女か?」
「違ぇよっ!抱負だからだっつぅの!」
抱負。未だ決まらないそれを思い、眉が寄る。
説明不足だと思ったのだろう。友人は慌てたように口を開く。
「俺、今年の抱負をさ、賢くなるってことに決めたんだ。本を読めばいろんなことが分かるだろ?そんで賢くなったら、もう少し夢の中の誰かとの会話が弾むかなって思って」
「つまり、女か」
「だから違ぇって」
頬を膨らませながら友人は反論する。溜息を吐き、言葉を探すように宙に視線を彷徨わせた。
「なんていうか、女とか男とかってのじゃなくて、こう……神様?みたいな感じ」
「なんだ、それ?」
「いや、俺もよく分かってないんだけど、なんとなく人じゃないんだろうなって」
意味が分からない。そう言いかけ、口を噤む。
理屈ではなく感覚で、友人の言っていることが理解できた気がした。
「俺のことはもういいだろ。それよりお前だよ。お前は今年の抱負を決めたのか?」
急に話題を変えられ、口籠る。
決められない抱負を思い出してしまった。
どんな理由があれ、友人は抱負を決めた。それに対し、自分は何も決められない。
小さく息を吐く。それだけで友人は察したのだろう。こちらを見る目が微かに陰る。
「聞かない方がいいやつなら聞かないけど。話すことで整理がつくなら聞けるぞ」
相変わらず、友人は優しい。いつもの定位置に座る姿を見て、目を細めた。
「やりたいこと、やらなきゃならないことはある。でもそれが抱負とは結び付かない」
簡潔に告げれば、友人は不思議そうに首を傾げた。おそらく彼の中では、やりたいことこそが抱負になるのだろう。
小さく笑みを溢し、思いつく限りのことを頭に浮かべてみる。それに付随する理由を考え、それがすべて去年に取り溢したもの、忘れかけていたものだと気づく。去年と続く想いの理由に、思わず眉が寄った。
「どうした?」
「やりたいことも、やらなきゃならないことも、全部去年から引き摺ってきたことに気づいた。去年の後悔が抱負になる訳がないな」
「そういうもん?」
「俺にとってはそういうものだ。ネガティブな感情をポジティブに変えられないってだけのことさ」
気づいてしまえば、後は簡単だ。去年を引き摺らない抱負を探せばいい。
さて、何があるだろうか。窓の外を見ながら、考える。
「相変わらず、難しいことばっか考えてんのな。俺も賢くなったら、もう少し分かるもんかな」
ぱらぱらと音がして、視線を向ける。手にした本のページを捲りながら愚痴る友人の姿に笑いが込み上げ、耐えきれずに噴き出した。
きっと睨みつけられ、肩を竦め軽く謝罪する。だが不機嫌さを隠しきれない友人は、とあるページをこちらに突き付けた。
「お前、今年の抱負は愛想を良くするにしとけ。いつも仏頂面してるから、誰も寄って来ないんだよ」
「愛想……愛想、ね」
突き付けられたページには『モテる男の条件』なるものが書かれていた。
小難しい本かと思っていたが、そうではなさそうだ。妙な安堵感を覚え、小さく息を吐く。
本を一瞥し、膨れた顔の友人を見る。抱負とは、これくらい軽く考えてもいい気がしてきた。
「分かった。それにしよう。夢に神が出てくるお前の言葉だ。お告げのようなものだろう」
「いや、そこまで大層なもんじゃねぇし……え、本当に愛想を良くするにする訳?」
慌てる友人を気にかけず、立ち上がり外に出るためにスマホや財布をポケットにねじ込んだ。そのまま外に向かえば、背後から友人がばたばたと足音を立て追いかけてくる音がした。
「本当にそれでいいのかよ?」
「何だ。不都合でもあるのか?」
「違ぇし!さっきまであんなに悩んでたのに、そんな簡単に決めていいのかってこと!」
本気で心配しているのだろう。隣に並ぶ友人の肩を叩き、大丈夫だと告げる。
悪い気はしなかった。お告げなど冗談で信じてはいなかったが、案外本当に宣託だったのかもしれない。
「陽が暮れる前に神社に行くぞ。さっさと今年の抱負を告げて、帰りに美味いものでも食いに行こう」
「勝手な奴め!もちろんお前のおごりだろうな」
「当然だ」
頷けば、途端に友人は笑顔になる。鼻歌交じりで先を行くその背に苦笑しながら、浮足立つ街の騒めきに目を細めた。
新しい年の始まりだ。去年から続き、去年とは違う年になるのだろう。
「早く行こうぜ。ちゃっちゃとお参りを終わらせて、そしたら出店で好きなもん食おう!」
待ちきれないとばかりに友人が振り返る。それに片手を上げて答え、込み上げる未来の期待に笑顔で駆け出した。
20260102 『今年の抱負』
1/3/2026, 1:00:21 AM