あ、やっちまった。二本分の缶コーヒーをレジに置いたところで、はたと気づいた。けれども、時すでに遅し。店員はすでにバーコードを読み取っていた。それから機械的なトーンで「316円です」と言った。
すみません一本返します、なんて今さら言えないから、仕方なく二本分の料金を払う。覇気のない「ありがとうございましたー」を背に受けながら、俺はコンビニを後にした。
何だかな、と思いながら、停めていた車に乗り込む。余った一本をドリンクホルダーにさして、もう一本のプルタブを引いた。缶を呷って、漆黒の液体を喉に流し込む。
コーヒー買ってくると言ったら、あいつは決まって「ついでに俺のもよろしく」と言う。そんなふうにひとを平気でパシるうえに、俺がブラックを買ってきたら、ぶつくさ文句を言ってくる。ミルクが入ってるのが好きなんだと。知るかよ。てかコーヒー代返せ。
あいつが助手席にいないのは、随分と快適だ。もう、あいつのくだらないおしゃべりに付き合わされることもない。コーヒー代を踏み倒されることもない。最後の一本の煙草を、勝手に吸われることもない。
まさかそんな日が来るとは思わなかった。どうしてか、あいつが隣にいる日々が、この先もずっと続くような気がしていた。だから未だに慣れない。明日にでも、ひょっこり帰ってくるような気さえしている。
ぽつりと音がして、顔を上げた。まばらに降りはじめた細い雨が、フロントガラスを濡らしていく。雨音に耳を澄ました。静かな夜は、まるで永遠のようだった。
【テーマ:耳を澄ますと】
5/5/2026, 2:06:24 AM